「ナニコレ珍百景」は単に面白いバラエティでなく「教養番組」でもある

唐突な話ですが、この文章を読んでいる方の中で「トマソン」という言葉の意味(語源は人名ですがここで語る内容は違うもの)をご存知の方はいらっしゃるでしょうか。この言葉は、ちくま文庫で「超芸術トマソン」という題名で1980年代に赤瀬川原平氏の雑誌「写真時代」で連載された時の内容がまとまっているので、手に取った方もいるかと思います。

恐らく同時代を生きていた人でなければ、よほどサブカルチャーに詳しい人でなければ知らないと思いますが、この「トマソン」とは、折しもビートルズのジョン・レノンが暗殺された日のスポーツ紙に事件と同時に掲載されたことのある、日本のプロ野球の中でも当時から球界の盟主と言われた読売巨人軍にロサンゼルス・ドジャースから現役大リーガーがやって来ると大いに期待されたゲーリー・トマソン(Gary Thomasson)氏の事です。トマソン氏はメジャーリーグでのキャリアが11シーズンあり、当時の年齢は30才と日本のプロ野球での活躍が大いに期待できる偉大な経歴を引っさげて読売巨人軍の門を叩いたのです。

その年の読売巨人軍は王貞治さんが引退した後だったので、その代わりとなる活躍をも期待されて読売が大金を払って日本に呼んだのですが、81年の来日一年目のシーズンには年間132の三振を喫し、「舶来扇風機」とテレビ中継でも揶揄されたメジャーリーグから日本プロ野球への移籍の失敗例として記憶されている方も少しはいるかと思います。ただ、三振数としては日本記録を持つのはシーズン204も三振した93年の近鉄(当時)・ブライアントで、数としてはそこまで多くありません。来日初年度のトマソンの他の打撃成績としては打率.261、ホームランは20本とそこまで悪くないとデータだけを見れば思います(120試合出場)。

しかし、当時のテレビのイメージを固定させる威力というのはものすごいもので、多くの人のイメージではトマソンが豪快に三振して「トマソン三振!」と連呼するアナウンサーの声を覚えている方も少なくないでしょう。これは、当時のプロ野球のテレビ中継は読売巨人軍の試合を全試合、NHKを含む民放が持ち回りでゴールデンタイムに中継していたので、特に鳴り物入りでやってきたメジャーリーガーのトマソンがより注目されることになり、多くの人の目が集中したところに肝心な所で全くタイミングの合わない三振を操り返す姿を試合だけでなくスボーツニュースでも多くの人が見ていたことにより、「トマソン=役立たず」という意識が多くの日本人の中に宿ってしまったというところが実際のところあったのです。そう考えると当時のテレビとプロ野球の甘い関係がなければ、今でも「トマソン」という言葉が独り歩きしていることもなかったわけで、改めてテレビで取り上げられることの多かった人気球団を選んでしまったトマソン氏が可哀想だと思わざるを得ません。

話を「超芸術」の「トマソン」の話に戻しますが、こうした「トマソン」の役立たず感を赤瀬川さんも知っている中で、彼が路上を観察し、面白いものを写真に収めている中で、道路や家が変更や改築を繰り返す中で、まるで芸術のオブジェのように何の役に立っているかわからないものに変化してしまった現象に「トマソン」と赤瀬川さんが命名したのでした。以降、「路上観察学会」なる団体もできたりして、ふと日常生活の中では見逃してしまう町の風景に埋没しているような「変な」ものを見付ける事が流行となりました。そしてこうした超芸術というものは、常に芸術を理解しない人から見れば、早く壊して更地にしたり建て直したりした方がいいと思われる存在として危ういものであることも確かだったのです。

そうした「超芸術トマソン」を許容し楽しむ人たちの中では、別の取り組みで「ヘンなもの」を世に出した方々もいました。この時期に多くの「街のヘンなもの」や「雜誌・新聞の誤植」などを写真に撮って送ると、雑誌に掲載してくれる雑誌「宝島」の中のコーナー「VOW」です。その単行本は今でもブックオフに行けば、そうした街のヘンなものが満載の、雑誌の面白い投稿をまとめた単行本を見付けることができるはずです。

このVOWの単行本に添えられた文章で印象的だったものがあります。こういった「街のヘンなもの」として集められたものこそ教科書に載る歴史とは違いますが、その時代の空気がわかる「物証」になり得ると書かれていて、当時はそんなものかと思いながら見ていたのですが、今でいう「昭和」の遺構というものは現在取り壊されたり撤去されてしまってないものを含め、「VOW」に収められているものの中にも沢山あると思うようになりました。

同じような現在までに残る時代に打ち捨てられた遺物の中には、今になってその作者とともに再評価されつつある「狛犬」や、最近はカードにもプレミアが付くと言われている「マンホールの蓋」のようなものもありますが、これらはテレビ番組に取り上げられる場合はNHKあたりが「教養番組」として取り上げることでそれらしい「文化遺産」だと多くの人が納得するようなところもありますが、そうでない「時代のしょうもない遺構」や「ヘンな人の話」を民放がお笑い系の番組を作る中で紹介したところでなかなかアーカイブされるべき番組だという風には思われないところに、私たちが少し前の時代の「空気」を将来に残す難しさがあると言えます。

レギュラー放送としては終わってしまったものの、番組改編期にスペシャル版として放送されることの多いこの「ナニコレ珍百景」は、「超芸術トマソン」や「VOW」の流れを継承する街のしょうもないものを多くの人が見ているテレビで紹介してくれる、ある意味大変に稀有な番組で、笑いながら見る中でもその内容をかみしめて見ると新たな発見になるかも知れません。今の時代は雑誌や単行本で発信しても多くの人の目に触れるものでもありませんし、VOWは現在ウェブサイトで細々と運営されているものの、昔の事を知っている人以外にはなかなか輪が広がらないというのが正直なところです。それを、テレビのゴールデンタイムで放送してくれるのですから、こうした仕事の意義をテレビ朝日や制作会社が忘れないで続けようと思ってくれている証だと思うので、素直に嬉しいです。

ちなみに、今回の放送で見た「トマソン」らしき物体として人工物が変化して「珍百景」となったものに、とある喫茶店の看板として作られた大きなコアラのオブジェがありました。このオブジェは先代の店主が約250万円を出して作ったのだそうですが、時間の経過とともに世にも奇妙で恐いコアラの姿になってしまっていました。今の店主の方はこのオブジェを撤去する予定はないようですが、そもそも今の店主がお店をたたんだら地域においてはこのコアラのオブジェは存在することができなくなるでしょう。その時点でコアラの「超芸術」としての生命は途切れるということになります。

その時がいつ来るのかはわからないながら、今回の放送で全国的に不気味なコアラのオブジェが流れたことで、物としては残らなくても映像としては残すことができたということも言えるわけです。今までの番組では個人の努力で作ったもの系の珍百景も多くありましたが、すでに番組のアーカイブスを見て訪れてもその場からなくなってしまっている事もかなりあるのではないかと思います。しかし、その時にそこにあり、さらにその珍百景があるところにどんな人がいたのかということを番組を見て思い出すことはできます。

実は珍百景は有料のCSチャンネルの「テレ朝チャンネル」で「激レア 珍百景」として放送されているのですが、やはり見る人が限られるCSと地上波は違うわけですから、今後もスペシャルでの番組は続けて欲しいですし、見ている方々も単に珍百景を見て笑うだけでなく、その周辺に思いをめぐらしたり、近くだったら実際に行ってみて改めてテレビで誇張された部分を感じてみるのも研究みたいで面白くなると思います。

(番組データ)

ナニコレ珍百景 2時間スペシャル テレビ朝日
12/6 (水) 19:00 ~ 20:54
【MC】名倉潤・堀内健(ネプチューン)
【珍定委員長】原田泰造(ネプチューン)
【進行】森葉子(テレビ朝日アナウンサー)
【珍定ゲスト】石坂浩二、岡江久美子、サンドウィッチマン(伊達みきお・富澤たけし)、高橋みなみ
【ロケ出演】杉村太蔵(珍百景党は岐阜へ…地獄うどん&怪しすぎる森の通学路)、もえのあずき(青森で巨大すぎるパンにチャレンジ)

(番組内容)

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