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BS11とナンダ・コートとの密接な関係に今後期待する

今回の「BS11 開局10周年特別番組」と銘打たれたヒマラヤのナンダ・コート(標高6861m)への登頂を扱った番組を見終えて、偉大な先輩の後に続き、現代の技術でのナンダ・コートへの登山のチャレンジをした立教大学の山岳部OBを中心にしたグループとBS放送の中でも後発のBS11という存在の共通性というものを感じ、「だからこの題材で番組を作ったのか」と思い当たりました。

昔も今も、未登頂峰を目指すチャレンジは熾烈を極めるものですが、昭和初期の日本の登山のスペシャリストというのは、必ずしも今回紹介する立教大学に集まっているわけではありませんでした。当時の登山技術は大学生が主導していたことは確かでしたが、番組で紹介していた当時のトップは慶応や学習院大学の登山部の方だったといいます。世界の登山家がヨーロッパアルプスからヒマラヤへとその目標を変更する中、日本でもヒマラヤを目指した登山計画を多くの隊が考える中、しかし実現にこじつけることは難しい状況にありました。

立教大登山部がナンダ・コートに登頂を果たしたのは1936年(昭和11年)の10月5日の事でしたが、同年の2月26日にあの「二・二六事件」が起こっていました。そんな状況の中、日本という国の威信を海外に示すには、登る山にもそれなりの「ハク」がないと駄目だと思った隊は多かったのではないかと想像します。日本という国の優秀さを世界に向けて示すには、どうしても8千メートルを超える山への登頂を目指さなければという気持ちになればなるほど、無理な計画を実行に移す事の無謀さを感じて諦めるしかなくなるでしょう。

そんな中で、ヒマラヤにあってそれまで人類がまだ登ったことがなく、更に標高にこだわらずにあくまで自分たちの技量の身の丈に合った山ということで立教大学登山部が選んだのが標高6861mのナンダ・コートだったわけです。この「身の丈に合った目標を見付けて十分な準備のもと実現させる」という行動が、ついにはナンダ・コートの人類初の登頂という栄光の記録となって今でも燦然と輝いているのです。

翻って今の日本のテレビ界を見てみると、公共放送にNHKがあり、山であればエベレストだとすると、他の8千メートル級の山々に比した民放には日本テレビ・テレビ朝日・TBS・フジテレビがあり、そこから少し低い山としてテレビ東京があるとすると、BS11はそれら地上波を持つテレビ局と比べるとさらに標高の低い存在であることは何となくイメージすることができます。しかし、「山高きがゆえに貴からず」ということわざのように、低い山だから簡単に登れるというわけでないのも登山の奥深さではないでしょうか。

初登頂を立教大学隊が成し遂げた時、「日章旗」「毎日新聞社旗」「立教大学校旗」の3つの旗をナンダ・コートの頂上に埋めて帰っていたという話があり、当時の登頂までを撮影したフィルムや実際に山行で使用した当時のテントが発見されたこともあり、新たに立教大学OBをメンバーにして3つの旗を登頂した後で探し出して持ち帰るため、ナンダ・コート登山のための遠征隊が組織され、その撮影にBS11が手を挙げたというわけです。

ここからはネタバレになってしまいますが、当初の目標であった遠征隊全員での登頂という目標は早いうちに崩れ、それでも何とか日程内に山頂にアタックすることになりました。しかし、山頂の200から250mという所で安全に進めなくなり、危険を承知でアタックを続行するか安全に下山することを優先して断念するか、究極の選択を迫られることになりました。

極限状態の山頂付近の映像を、そのほとんどが本格的な登山の経験もない中でこたつに入りながらぬくぬくとテレビで見ている視聴者というものは本当に勝手なものです。やはり遠征隊が山頂にたどり着いてもらい、81年前に埋められた3つの旗を見付ける決定的瞬間を見たいと思ってしまうものです。恐らく遠征隊に同行した撮影スタッフも、このアタックをここで止めたら番組的にはどうなるか? という問題についても頭にあったに違いありません。

しかしながら、番組では撮影隊の方から安全に全員下山することを優先した方がいいという提案があり、立教大OBの最年少参加者の鈴木さんもそれを受け入れ、テレビ的な見せ場はないまま番組は終了してしまったのでした。

しかし、タレントや有名人に何が何でも山頂に立ってもらうようにするバラエティ番組ならまだしも、この番組はテレビが先にあったのではなく、あくまでも登山計画が先にあったものにカメラが付いて行っただけのことですから、登山の現実として安全に下山できない可能性があるなら登頂を諦めて帰ってくるのが正しい判断であることに疑いの余地はありません。つまり、目的達成でめでたしめでたしにならない事こそがドキュメンタリーのドキュメンタリーである所以で、逆にこれで次回のチャレンジを見られる期待が出てきたということにもなるわけです。

BS11は開局10年を数え、まだなかなか魅力的な番組を先行する局ほどには送り出してはいないと思うこともありますが、今回の番組を最後まで見させていただいて、当然この遠征隊の次回のチャレンジもBS11で放送してくれることを期待してしまいます。製作費の関係から過去のドラマの再放送や中国・韓国のドラマを放送することも仕方ないところはあると思いますが、今後は自社制作の番組も増やし、地上波系列の放送局を脅かす存在になることでテレビ全体が更に面白くなるのではないでしょうか。

(番組データ)

ヒマラヤの聖峰、80年目の再挑戦 山頂に眠る旗を探しに【BS11◆10周年特別番組】 BS11
12/16 (土) 20:00 ~ 22:00 (120分)
【ナレーション】田口トモロヲ

(番組内容)

【BS11 開局10周年特別番組!】 ◆戦禍に埋もれてしまった“快挙の証”を求め、再びあの頂を目指す-- ヒマラヤの聖峰ナンダ・コート塔頂に挑んだ遠征隊に密着したドキュメンタリー。
今から約80年前の1936年。堀田弥一隊長率いる立教大学山岳部と大阪毎日新聞社運動部の竹節作太記者らからなる5人の登山隊が、ヒマラヤの聖峰、ナンダ・コート(6,861m)に世界初登頂を果たした。
その証として山頂に埋めた、立大校旗・毎日新聞社旗・日章旗を求め、塔頂から80年目の今年、立教大学山岳部OBを含む登山隊が、再びナンダ・コートに挑んだ。 当時の記録映像と共にプロジェクトの一部始終を伝える。