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アスリートとメディアの関係を掘り下げないと何も変わらない

2019年9月15日に行なわれる、2020年東京オリンピックマラソン代表を決める一発勝負、マラソングランドチャンピオンシップについて生放送する中で、かつて一発選考とされていた日本陸連の選考基準が変えられたソウルオリンピック男子代表の選考についてのVTRによる解説がされたのですが、その内容に気にかかることがありました。

当時、代表有力だったダイエー所属の中山竹道選手がインタビューに答えた週刊誌の記事が画面に大写しなり、選考レースである福岡国際に怪我のため出場が不可能となった瀬古利彦選手に向かって「這ってでも出てこい」と中山選手が発言したかのような当時と同じ内容を報じていましたが、あれから相当の時間が経ち、当時の状況を当時者が説明した本も出版される中、この内容についてそのままVTRにしてしまうのはいかがなものなのかという気がしたのです。

というのも、私自身はその後の中山竹道氏へのインタビューを読んだのですが、その中で言った言葉は「這ってでも出てこい」ではなく「自分なら這ってでも出ますけどね」というニュアンスの違いが今となっては明らかな事実として認識されています。その発言には瀬古利彦選手への敵意はなく、あくまで自分の心情を述べているだけなのですが、当時のマスコミはこの週刊誌の内容に沿って中山選手のイメージを作ってしまったのです。

当時のマスコミは、いわゆる「空白の一日」事件で悪役となったプロ野球読売ジャイアンツの江川卓選手のように、それまでの経緯や直接発言した内容を捻じ曲げたり肝心な事を紹介しなかったりしてまで、テレビの視聴率を上げたり、雑誌の売り上げを伸ばそうとしたり、そんな時代背景の中マラソンに関する話題もヒートアップしていったのだろうと思います。しかし、あらゆる報道の裏側が明らかになった2019年の今、まだ中山竹道氏の発言についての裏取りをしないで週刊誌報道をそのままVTRにして出してしまうのか、本当に理解に苦しむとともに、この番組に関わった人の中には本気で陸上競技を愛している人がいないのではないかと思ってしまいました。

ただ、番組が生放送で、VTRの最中に抗議の電話が局に入ったのか入らなかったのか、その真偽はわかりませんが、VTRが終わった後にスタジオでの話になった際、MCの安住紳一郎アナウンサーが有森裕子さんに振るような形でその話を出し、「自分なら這ってでも……」という内容を紹介したにとどまりました。本当ならソウルオリンピックに出場した瀬古利彦選手と不可解な選考基準によって落選した工藤一彦氏とのVTR対面を間接的に演出するよりも、当時の記事を湾曲して週刊誌に掲載した責任者が中山竹道氏のところに行って直接謝罪させるくらいの方が良かったのではないかと思います。ちなみに、スタジオの後ろに設置されている過去の内容を写真とともに紹介したパネルには「瀬古、這ってでも福岡へ来い!」という文字が刻まれていました。これはあくまで個人的な印象ですが、上記のコメントは用意されたものでなく、前半の内容についての批判の声が入ったから急遽行なわれたものではないかと思えて仕方ありません。

いつの世も、売らんがなのために実際の取材内容と微妙にニュアンスを変えて報道するマスコミはいるものですが、今回のマラソングランドチャンピオンシップについても、事前・事後に何らかのマスコミが起因する問題が起こった場合、TBSはどのように報道するのかということまで考えてしまった今回の放送でした。

(番組データ)

マラソン・グランド・チャンピオンシップ 東京五輪代表を懸けた運命の決戦へ TBS
2019年9月11日(水) 20時00分~22時00分(120分)
MC:安住紳一郎、江藤愛 ゲスト:有森裕子、高橋尚子、原晋、土田晃之
ドラマ:徳重聡、三浦理恵子、武井壮、佐藤真弓、手塚とおる、嶋大輔

(番組内容)

順位なのか、タイムなのか、はたまた実績なのか…。選手も国民もスッキリしない、あいまいな選考システム。その裏には、誰も踏み込めないマラソン界のタブーが存在していた…。ソウル五輪代表選考で、あいまいな選考基準によって、代表の座を逃した悲運の男が生まれたた。この騒動は、日本マラソン界最大の事件として、これまで誰も触れることができなかったのだ。あれから32年、悲劇のランナーが、封印してきた禁断の選考問題を初告白。そして今回、瀬古が長年心にしまっていた思いを初めて彼に伝える。「人生を変えてしまって申し訳なかった…」その思いを聞いた男は…。

「箱根駅伝」より面白い? ご当地駅伝から世界への道

今回はあえて掟破りの、私の住む静岡県でしか放送されず、さらに静岡県に関わる人でないと面白くも何ともない番組のレポートです。よく日本人はマラソン好きと言われていますが、過去オリンピックでは女子こそ高橋尚子・野口みずきの両選手がオリンピックの金メダルを獲得したものの、男子は戦前のベルリンオリンピックまで時間をさかのぼっても、当時日本が統治していた朝鮮半島出身のランナー孫基禎選手の優勝が記録としてはあるのみです。この結果というのは箱根駅伝生みの親としても知られる金栗四三氏が初参加したストックホルムオリンピックから数えても、未だ現在の日本国内で生まれた選手は、オリンピックの華である男子マラソンの金メダルには届いていないというのが実情です。

さらに最近では、前回の東京オリンピックの銅メダル円谷幸吉選手以降、大会のたびにメダル争いにからみ、日本のお家芸とも言われたマラソンにおける日本の影響力に陰りが見えつつあります。かといって、日本方式の指導そのものがダメかというとそんなことはありません。本格的に強化に乗り出しているアフリカ勢の躍進についていけない状況はあるものの、日本式の選手育成方法に魅力を感じて日本に留学してきたアフリカ勢の選手がオリンピックでもメダルを取るということにもつながっています。ただ、本来は日本勢に力を付けるための指導なのに、他国の選手をより強くしてしまうという皮肉な結果になっています。

かつて日本の男子マラソンの躍進を支えた箱根駅伝も必ずしもマラソン強化に繋がらないのではないか? という話も出てくる中、本気で日本の長距離走のレベルを上げるためには、運動能力の高い子供の時から勝つために走るという意識を持たせるために、幅広い地域で幅広い年代が参加できる駅伝大会を開くというのは地味ではありますがいつどこから出てくるかわからない才能を見い出すチャンスでもありますし、地道に練習をしている年配の市民ランナーにも参加のチャンスが出てきます。さらに、過去の名選手がひょっこりと顔を出し、その健在ぶりを確認できる場でもあるのです。

そういうことで、この静岡県でも市町村対抗という形での(大きな市は複数チームに分けての参加もあり)駅伝大会が開かれるようになって今回が18回目になりました。現在はこうした大会を開催している都道府県は23もあるそうです。全国の方から見ると、静岡県というのはそんなに有名選手を出しているわけでもないでしょうにと思われるかも知れません。さらに、毎年行なわれる都道府県対抗駅伝でもそんなに強いわけでもありません。ただ、実際にこの大会から世界に羽ばたく活躍をしている選手も出てきているので、特に小・中学生の強い選手を見付ける楽しみがあります。そこは今回で18回も開催を続けてきた成果だと言えるでしょう。

第2回の大会では、当時清水町チームの代表として出場し当時から日本一だった天才中学生・佐藤悠基選手が走りました。彼は高校から陸上のために長野県にある佐久長聖高校に駅伝留学し、そこから大学・社会人へと進んだので静岡県との関わりは知らない方もいるでしょうが、この市町村対抗駅伝で見たことで、高校駅伝から箱根駅伝、そしてニューイヤー駅伝からオリンピックと継続して応援できる存在になっています。さらに、長距離ではありませんがリオデジャネイロオリンピックの400メートルリレーで銀メダルを取った飯塚翔太選手も小学生の時に浜岡町の選手として大会に参加しています。地域によっては陸上部の所属でなくても、地元に足の速い子がいるというレベルでも出場できるようなところもあるので、本当の原石といえる選手の走りを見られるということで、この駅伝をテレビ中継してくれるのは有難いことです。

今回のレースを見ていて、やはり注目したのが強くなると地元を離れてしまう事が多いので、中学生までの選手です。静岡市静岡A(静岡市は元静岡市で2チームと、元清水市を中心にしたチームの3チームがエントリーしています)の細谷愛子選手(静岡東中1年)の走りが素晴らしく、中学一年で800メートルを2分14秒のタイムで走り、ジュニアオリンピックで優勝した実力の片鱗を見せてくれました。若い選手は必ずしも順調に伸びていくかどうかはわからないながらも、マラソンでの東京オリンピックの出場を目指す同じ静岡県出身で大会出場経験のある豊田自動織機の萩原歩美選手との交流が現在あるそうで、そうした意識の高い選手がこの駅伝を卒業してからどこまで成長していくのか、そんな姿を今後も見せてくれるかと思うと実に楽しみです。

さらに、同じ静岡市静岡Aチームには2015年の東京マラソンに出場してギネス世界記録を出した望月将悟選手も今回残念ながらエントリーはされませんでしたがメンバーに名を連ねています。一位でないのに何故世界記録? と思われる方もいるかも知れませんが、この方は山岳レース・トレイルランニングの世界では有名な人で、日本海からスターとして太平洋にゴールする「トランス・ジャパン・アルプスレース」で前人未到の四連覇を達成し、東京マラソンはそのためのトレーニングという位置付けなのか、40ポンド(約18キロ)の重りを背負ってフルマラソンを走るというギネス記録に挑戦し、それまでの3時間25分21秒という記録を大幅に破る3時間6分16秒という記録を樹立しました。

その他の注目選手としては、先週の女子の社会人駅伝のクイーンズ駅伝にパナソニック所属として出場し区間賞を取ったばかりで参加した函南町の渡邊菜々美選手は素晴しい走りでごぼう抜きの快走を見せてくれました。ちょっと変わった観点での注目はAKB48のチーム8の静岡県出身、横道侑里さんの中学生になる妹・横道亜未さんが優勝候補の一つ浜松市西部チームの選手としてエントリーして走りました。今年の800メートルのベストは2分21秒81と先に紹介した細谷選手には劣りますが、立派なタイムで連続出場を果たしています。

色んな駅伝はありますが、ストレートに陸上でオリンピックを目指す選手から、畑違いの競技のトップランナーが入りまじるような選手構成の駅伝というのは、地域という枠だけで区切る駅伝の醍醐味ではないでしょうか。お互いに刺激し合う中で、まだ走ることすらおぼつかない小学生にも世界の存在を感じさせる事ができるというのも、日本の陸上全体を押し上げる効果があるのではないかと思います。

あと、大切なことはこのブログで紹介しているからではありませんが、大会自体を行なってもテレビでの生中継がなければ地域への波及効果というのはかなり下がるということです。これだけ地域を分けて出場チームが多く出ていると、リアルタイムで見ている中でも誰かの知り合いとか親戚だとか、近所の人だとかがメンバーとして出場しているケースが有るはずです。そんな形で未来に希望の持てる有望な才能の持ち主が陸上への門を叩いたり、別の道に進むにしても大会の出場が契機になって大成したりする可能性すらあるのです。まだ市町村対抗駅伝を行なっていない都道府県でも、こうした大会の開催及びテレビ中継を考えていただきたいなと思う次第です。

(2018.1.4追記)

2018年の箱根駅伝は青山学院大学の4連覇で幕を閉じましたが、実際のところ箱根ランナーの中で市町村対抗駅伝に過去に出ていた人の活躍はなかったのか調べていたら、面白い新聞記事に遭遇しました。城西大学の大石巧選手がその人で、陸上選手としては高校まで行なっておらず、大学で0からのスタートだったにも関わらず、3年生で8区を走り、区間4位の走りで城西大学としては念願のシード権をぐっと引き寄せました。

実は大石選手は高校3年の秋までは袋井高校のサッカー部に所属していて陸上経験はなかったそうですが、小学生時代に市町村対抗駅伝の磐田市福田(旧・福田町)代表とし、小学校6年生で名前が残っているのを発見しました(^^)。ただ、選手としては補欠扱いで本番で走ったわけではないものの、それこそ地域で「足の速い子」としてお呼びが掛かったものと思われます。

こうした経験があったからなのかも知れませんが、サッカー人生が終わった大石選手は、まさにドラマ「陸王」を地で行くように陸上競技への転向を決意し、5,000mの記録会で走った記録(15分32秒)という事を示しつつ箱根駅伝で有名な大学に電話して入部を訴えたそうなのですが、当然のごとくどの大学からも相手にされない中で唯一拾ってくれたのが櫛部監督の城西大学だったというわけです。

大石選手は大学生になって一昨年の市町村対抗駅伝に一般ランナーとして出場し、そして箱根で結果を出すまでに成長したというのですから、実に夢のある話です。彼はまだもう一年チャンスがあるので、単なる箱根のランナーとしてだけではなく、その次を見据えながら活躍されることを期待します。

(番組データ)

第18回しずおか市町対抗駅伝【39チームの激走すべて実況生中継!】SBS(静岡放送)
12/2 (土) 9:30 ~ 11:45
【センター解説】金 哲彦(ニッポンランナーズ代表)
【センター実況】岡村久則(静岡放送アナウンサー)
【1号車実況】小嶋健太(静岡放送アナウンサー)
【2号車実況】牧野克彦(静岡放送アナウンサー)

(番組内容)

ふるさとへの誇り、それぞれの”しずおか愛”を胸に39チームが駿河路を駆ける!今年は小学生の区間が増え、全12区間に。去年までとは違うレースを制するのはどのチーム