この番組は、年度末の時期に地方局が夜7時代のゴールデンタイムに主に県内の視聴者に向けて自社制作の番組を発信するという形の番組ですが、TVerで見逃し配信として一定期間見られるようなのでここで紹介することにしましたが、静岡県(特に静岡市)在住の身としては、ただただ恥ずかしい番組であったということをまずは感じました。
なぜかと言うと、テレビ朝日系の件の番組のようにタレントのマツコ・デラックスさんを連れ回す番組で、しかも「静岡」の特色というものをマツコさんに知って欲しいというコンセプトの番組であるのに、ことごとく番組の進行や事前準備の足りなさをマツコさんに指摘され、ついにはマツコさんが決して豊富ではないだろう静岡に関する知識や、バラエティを面白くするためのツッコミについて全く対応できない現場のスタッフの愚かさが目立っただけの番組で、本当にスケジュールを調整して静岡まで仕事をしにきてくれたマツコさんに申し訳ないと、テレビの仕事とは全く関係ない私ですら思ってしまうほどの「仕上り」に終止していたのです。
基本的にはいわゆる「マツコの知らない世界」的な効果を狙って、「静岡にはこんなすごいものがあるんですよ」ということをマツコさんや視聴者に見せる番組であったと思うのですが、これは静岡に限らず地方の人々が陥りやすい罠にハマっているということでもあるので、番組の成り行きとともにその駄目なところを紹介させていただこうかと思います。
最初にマツコさんは番組を制作する静岡朝日テレビの正面玄関に到着し、局員およびアナウンサーの歓迎を受けるのですが、マツコさんがはじめにやったことは、東京から出向してきているセント・フォースのキャスターに手を挙げさせ、その個人への批判でした。別にセント・フォースが悪いということではないのですが、セント・フォースと静岡朝日テレビと言うと、局アナとして入社したものの地方局への入社をステップアップととらえたのかどうか知りませんが、人気が出てきた時点でセント・フォースに移籍してしまった牧野結美アナウンサーとの浅からぬ因縁があります。さらにマツコさんは静岡県内出身のアナウンサーに手を挙げさせました。これは、やはり地元のテレビ局はその土地で育った人材を大切にしないとというメッセージだったのかと思いますが、その彼女らに(インタビューは主に女性アナウンサーのみでした)静岡でおすすめなものを紹介させ、そのあまりのステレオタイプの答えにがっかりしていました。時間がない中で、カットされた部分を斟酌するにしても、地元民のプライドはどこへ行ったのか? と思ってしまった一瞬でした。
今回、マツコさんがこの番組の出演を了解した背景には、やはり東京キー局が中心のテレビにあって地方局はどんな番組を作り、東京にないものを発信していく力があるかに興味を持ったのだろうと思ったのですが、それに十分応えられる人材が静岡朝日テレビに存在しないのか、その後の展開でも全くマツコさんのツッコミに対応できないやり取りが続いていきます。
私自身、地元を離れて地方に旅行しに行く場合、観光地化されている土産物店よりも、より普通の人が利用しているであろう地元独自に展開しているスーパーに入って、地元では見たことのないものを探そうとします。今回のマツコさんがスーパーに入った際に見ていたところがまさにそれで、局のプランには「静岡のスーパーで売っているマグロは他県に比べてレベルが高いのだ」というものしかなく、マツコさんがマグロ以外に静岡独自のものはないのかと聞かれてもすぐには対応できず、ようやくスタッフが「のっぽパン(沼津のメーカーが製造している細長いパンで静岡でしか販売していないものだがそう珍しいものではない)」と絞り出したものの、マツコさんが訪れたスーパーでは「のっぽパン」は扱っていませんでした。なぜかというと一般的な菓子パンとの競争に敗れた「のっぽパン」は一時期製造を中止しており、静岡駅構内など限られた場所でしか現在は売っていないためで、いかに場当たり的でマツコさんのキャラクターと台本に任せた番組進行をしているかというのが明らかになってしまったのでした。
当のマツコさんは、スーパーの中に売っていた「おはぎ」をマグロより先に食べてお付きの静岡朝日テレビの男性アナウンサーを慌てさせていましたが、臨機応変にマツコさんも唸るくらいの地元の名産品をなぜ出せないのか、個人的には実に不思議に思いました。
というのも、静岡だけではなく全国の地方局ではいわゆる定番のものではない地方の業者の方に取材し、その様子を夕方のワイドショー枠で紹介する企画を数え切れないくらい行なっています。そうしたノウハウを取材する中で培ってきたのに、なぜいざという時に出せないのかというのは、実は地方であるがゆえの卑屈さにあるのではないかと個人的には思っています。
東京ではそれこそ有楽町・銀座かいわいに行けば全国どこの名産品も手に入るのですが、日常的に食べるには高かったりする場合もあります。ほとんどの地元民が普通に食べていて「こんなものは東京の人にお出しするものではない」と思っているものの中に、実はマツコさんが欲しい未知の名物というものがあったかも知れないのに、それをみすみす放棄するような事前準備のなさと言うのか、自分で地元にあるお宝に気付かないのか、そういうことは全国を旅しているとよく感じることです。それと今回番組で最後に紹介した「冷凍マグロ」とは微妙にシンクロしてくるので、その点をもっとわかってくれば、マツコさんを唸らせるものをもっと番組の中で出せたのではないかと思うと大変残念でしたね。
ちなみに、最後には地元民でも食事代が高すぎておいそれとは行けない静岡市清水の末廣鮨でマグロの希少部位を食べつくすのですが、ここで初めてマツコさんは静岡にしかない名物のパワーを感じたのではないかと思います。
一般的に高級マグロというと、青森の大間で獲れた一本釣りのマグロということになるでしょうが、この末廣鮨では遠洋漁業で獲れたミナミマグロの冷凍マグロで勝負しています。食通からすると生でなく冷凍なんてと言われるかも知れませんが、冷凍といっても零下70度で一瞬にして凍らせるため、その食感は生とは別の味わいがあり、それは静岡に来ないと味わうことができない(つまり、いいものは東京に持って行かせない)と言う末廣鮨の大将の言葉にマツコさんは納得したのです。
結局は、きちんと食材に向かい合い、掛け値なしの真剣勝負をしてきた人の言葉でないとマツコさんの心を揺さぶらなかったということで、これはテレビ局の手柄ではなくあくまでも末廣鮨さんの手柄であると言えます。だったら取材するのは地元局ではなく東京のキー局でもいいということになるのですが、地元局の存在意義が無くなるような番組をよく嬉々として放送しているなと思った今回の地元局特番でした。このままではネット配信にやられて本当に地方局はいらなくなってしまうような気がします。本当にそれでいいのか、全国の地方にいる方にも考えてもらいたい問題提起のような番組であったことは確かでしょう。
(番組データ)
マツコ、静岡でマグロを喰らう。 静岡朝日テレビ
2020/03/09 18:57 ~ 2020/03/09 20:00 (63分)
出演 マツコデラックス 須藤誠人(あさひテレビアナウンサー)
(番組内容)
マツコ、静岡に降臨!!静岡が誇るマグロを堪能。世界一寒い!マイナス70℃の冷凍倉庫で悶絶。さらに寿司の名店でマグロの「超希少部位」に感涙!
◆店内騒然!?静岡のご当地スーパーへ 静岡はスーパーのマグロでさえもうまい?そんな噂を検証するためマツコがご当地スーパーへ。「○○マグロは知らない!」とマツコが驚いた さらに静岡の名産にも興味深々!?いったいマツコが気になったものとは?
◆冷凍マグロが眠るマイナス70℃の世界へ 世界一低温!?マイナス70℃の冷凍倉庫でマツコが大ピンチ!?「こぇええ」「すげぇぇええ」と大絶叫するマツコ。「死を感じた」というほど、衝撃的な体験に!!
◆有名人も通う 寿司の名店へ 冷凍マグロだからこそのおいしさを楽しめる寿司の名店へ。ここでしか味わえない超希少部位を使った「幻のマグロ」にマツコ大興奮! 静岡でマグロを喰らいつくしたマツコが思うこととは…。