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指導者の堕落は競技をも弱くすることを解説した番組

番組の題名は、とにかく今の日本の卓球がなぜ急に強くなったのか? と思っている人に番組を見てもらいたい一心で付けた印象ですが、約二時間を通して真面目に日本の卓球の歴史と東京オリンピック後の状況にも触れていて、かなり作り手の熱意が感じられました。さらに、卓球に限らず他のスポーツに関わっている人にも大きな教訓を与えてくれる番組になっていました。

テレビ的にわかりやすくするため、国際卓球連盟の会長という要職まで務めた元世界チャンピオンの荻村伊智朗氏をキーパーソンに据え、ドラマパートに荻村氏を登場させ、そこで自身の卓球への考えを語らせたことで、この番組のテーマが単に「日本卓球が強くなりさえすればいい」ということにとどまっていないのは素晴らしい事だと思いました。

荻村氏が最初に世界の舞台で戦ったのは1954年のイングランドで行なわれたウェンブリー世界選手権でした。まだ第二次世界大戦から日が経っておらず、ウェンブリーの観衆は露骨な反日感情があったので(映画「戦場にかける橋」で描かれたような理不尽な対応をされた人もいたのでしょう)、試合の際中にボールを取りに行ったら目の前でボールを潰されたり、観客から足を鳴らしてブーイングを受けたり、判定にも不審な点があるなどかなり厳しいアウェイの空気の中行なわれました。それでも勝って世界一になったことで、荻村氏のチームメイトがカバンに大事にしまっていた大きな日の丸を掲げようとしたところ、荻村氏がその動きを止めさせたことが番組では紹介されています。

もはや戦後から70年以上経った今ではそんなことはないとは思いますが、大会の少し前には直接戦ったり捕虜としてイギリス人を労務に使用していたりして、その時に見た日本の国旗日の丸には反日の象徴のような想いを持つ人もいたと思われます。荻村氏は優勝が決まった直後に大々的に日の丸を掲げることで観客の反日感情が爆発してしまうことを想像し、同僚が嬉しさの余りカバンの中から取り出した日の丸を会場で掲げることを押し留めたのです。

結果、この行動があえて国家主義にあらず政治や宗教の違いのある地域からも代表を出すことができる卓球連盟の考えに合致するものとなり、日本チームは改めて優勝を称賛されたというのです。アウェイの雰囲気に飲まれ感情的に対処するのではなく、あくまで冷静に、自分達はあくまで卓球のチームであるということを貫いたこの体験は、後の荻村氏の国家や宗教に関わらずに大会運営を行ない、当時オリンピックに出られなかった中華人民共和国にアメリカとの対話の懸け橋となる「ピンポン外交」を仕掛けたり、自ら中国大陸に出向いて日本の当時の技術を指導したり、南北朝鮮の統一チーム「コリア」での出場を実現させたりすることにつながったのではないでしょうか。

番組ではこうした荻村伊智朗氏の考えを紹介するとともに、この荻村氏を擁しても国際的な舞台で活躍できなかった日本チームの陥った「弱体化」の原因をしっかりと指摘しています。日本の世界を席巻した卓球は、それまでの守備的な卓球から方向転換し、右利きなら自分の右側に回り込んで全てフォアで打ちぬくというフットワークを駆使した角型ペンホルダーでの戦い方でした。もしバックに早く打たれてどんな素早いフットワークを持ってしても回り込めない場合は、主に当てるだけで返すショートやツッツキで対応するだけで、練習はほばフォアによる強打のみで対応する選手が称賛された時代が長く続いたのです。

その間に世界では物理的に足を使って回り込むのではなく、利き手と反対方向に打たれた場合はあえて足を使わずにバックハンドで強打するように返す卓球が主流になっていきます。当然中国はそうした流れをいち早く察知しましたが、体の大きいヨーロッパの選手はその力を最大限に利用してフォアでもバックでも威力が変わらない強打を打てるようになり、日本がとてもかなわないだけの存在になるとともに、中国のトップ選手でも勝てないというワルドナーというスウェーデンの選手を生むなど成果を上げていました。

そんな状況になっても現在の日本のトップにいる水谷隼選手を指導する指導者も水谷選手がバックハンドの練習を行なおうとすると「楽をするな!」(足を使って回り込んで打つことがかつての日本の強さの象徴だったので、そこで思考が止まっていると思われる)と叱咤されたと言います。試合のアドバイスでも具体的な戦術の指示もしないで「強気だ!」と精神論しか言わないような人が日本のトップを教える指導者の中にもいたということが明らかになり、これでは日本の卓球は強くならないということが番組を見ている自分にもわかりました。

他の競技でも、とにかく精神論しか言わない指導者や、過去の栄光を事更に主張する言葉は悪いですが「老害」のような人がトップに立っていることで大きな問題になっている日大のアメフトやアマチュアボクシングのようなことが続いているところが他にもあるかも知れません。そうしたアスリート目線でないところから指導が行なわれる状況を変えるために日本の卓球連盟がどうしたかという事までこの番組は紹介しているのです。

日本の卓球が世間に注目されるきっかけになったのはまだ小学校に上がる前の福原愛選手の存在が大きいですが、彼女をはじめとする小学生以下の有望選手を強化していく中で、現在も日本チームの強化に取り組む宮崎義仁さんの証言によると、徹底的にバックハンドを強化した合宿を行なったというのです。「フォアでできることはバックでもやろう」が合言葉であったということですが、こうして日本ナショナルチームの指導を受けた子と受けない子との間で、露骨な実力の差ができてきたことが想像されます。

というのも、体力のない小学生が全てのボールを回り込んでフォアのみで打つというのは不可能です。しかしナショナルチームで指導を受けた子はいとも簡単にフォアとバックのコンビネーションを決め、実戦での技術の差を見せ付けることで「これは今までのようにバックをないがしろにしていては勝てない」という事実を試合の中で日本の多くの指導者に感じさせたのではないでしょうか。

現在の選手で言うと、伊藤美誠選手が試合でも使っている「美誠パンチ」や「逆チキータ」のような技術は、ちょっと昔の指導者なら「遊びで卓球をやるんじゃない!」と大目玉を食らうかもしれない行為から生まれたものだと思います。現在の世界の技術の主流である「チキータ」すら、日本の旧態依然とした指導体制では練習させてもらえなかったとすら思います。それを、とにかく試合に使えそうなものなら遊びの要素から出たものでもきちんとした技術に仕上げていくだけの柔軟性こそが日本の卓球を強くしたと言えるかも知れません。

番組ではタレントのタモリさんに「暗い」と揶揄された事についても紹介されていましたが、これも単にタモリさんに一喝を加えただけで「地味なユニフォームこそが日本の伝統だ」と突っぱねていたら今の日本チームの状況はなかったでしょう。柔道におけるカラー柔道着が出てきた時にも「白こそが柔の精神に合致するものである」とカラー柔道着に反発される方もいましたが、今ではカラー柔道着があればこそ、試合も見やすくなっている側面もあるわけですし、良いものはどんどん取り入れて世界の同志とともに競技としての向上を目指すということが大切だと思います。

実は卓球には「中国が強くなりすぎちゃった問題」というのがありまして、いつの大会でも全ての種目で中国が優勝して終わりというのでは見る側としても面白くなく、最悪のケースとしてオリンピック種目からの除外もあるのではないか? という観測もあるほどです。ですから日本が勝ってくれれば見ている私達にとって、それは嬉しい事ではあるものの、ヨーロッパの選手で中国を次々に打ち負かすような選手が出てきてもそれはそれで盛り上がるだろうと思います。ただ、個人的に中国の牙城を崩す可能性は日本の選手にも十分あると思いますので、今後も常識にとらわれず、何より指導者がアスリートファーストを貫いて今の若い選手達を順調に成長させてくれることを願わずにはいられません。

(番組データ)

Why?強くなった?卓球ニッポン NHK BS1
2018/07/29 22:00 ~ 2018/07/29 23:50 (110分)
【出演】
(ドラマ)でんでん,傳谷英里香,窪塚俊介,
(卓球選手)水谷隼,宮崎義仁,前原正浩,木村興治,長崎美柚,織部幸治,
【語り】ハリー杉山

(番組内容)

リオ五輪でのメダル獲得以降、若手の活躍で大人気の卓球。実は、日本はかつて世界最強を誇る時代もあった!?ドキュメンタリーとドラマを融合させ、強さの秘密をひも解く。

リオ五輪でのメダル獲得以降、若手の活躍で人気が高まる日本の卓球。しかし実は1950~60年代、日本は世界のトップを走る“卓球王国”で、それを築き上げたのが“ミスター卓球”と呼ばれた荻村伊智朗だ。日本はもちろん、中国やヨーロッパなども指導、強豪国を作り上げた。今の超攻撃卓球の原点も荻村さん?!日本の強さの秘密を時空を越えてたどる、ドラマとドキュメンタリーが融合した新感覚ハイブリッドスポーツ番組!!