実はこの番組は後編で、春と夏の有力校・有力選手を追ったドキュメンタリーは11月22日に同じBS日テレで放送されました。有力校の合宿の様子に取材するなど、本大会が翌年の1月2日~3日なのでかなり前から箱根駅伝で引っぱっているという印象があります。また、本来は単なる関東での記録会に過ぎない箱根駅伝予選会の生中継もさらにその前の10月14日に地上波の日本テレビや、私の住んでいる静岡第一テレビでも地上波中継されました(BS日テレは録画放送)。改めて「箱根駅伝」というブランド力の強さを感じます。
ただ、日テレで地上波、ラジオでもNHK(関東ローカルの文化放送も)が生中継するという全国的なイベントになっているにも関わらず、大学生の駅伝の中で出雲駅伝と全日本大学駅伝を抑えて一番の知名度を誇っているのは、やはりその歴史によるところが大きいと思われます。
今でこそプロ野球でも全国各地にプロチームや学生の強豪がひしめいていますが、過去にはそこまで競技人口がなかったこともあり、とにかく競技普及のために大きな大会やリーグを東京周辺に集めてしまうことにより選手の強化を図ったという時代背景があったように思います。高校野球の甲子園は関西ですが、甲子園で活躍したスターの受け皿としては東京六大学のリーグ戦があり、今では必ずしも東京六大学リーグが日本最強ではなくなっているにも関わらず、さらにリーグ戦の順位に関係なくても必ず最後の早慶戦をNHK教育で中継するという慣例があるように、駅伝の世界においてもそうした伝統が引き継がれていて、実は全国大会ではないのに国民的行事になってしまったのが箱根駅伝だと言えるでしょう。
元々はアムステルダムオリンピックに日本人選手として初めて出場したマラソンの当時の世界記録保持者、金栗四三氏によって始められた箱根駅伝ですが、マラソンでオリンピックを狙う人材がそのために東京周辺の大学に集まってきたことは確かで、その状況は今でも続いています。全国から関東の大学に有力選手が集まってしまうことから、箱根へ向けてのトレーニングをする中で選手自身も能力が開花するなど、オリンピック選手を育成するための一定の役割を今も担っていることは確かです。ただ、テレビで今回紹介するような選手やチームに対する取材のもとで、スター選手が生まれる中、そうしたスター選手が思ったほど世界的には活躍できないというジレンマも生んでいます。
もし東京オリンピックに「駅伝」という新種目をオープン競技として大手町~箱根間往復で行なったとしたら、十分メダル圏内に入るとは思いますが、オリンピックの種目には残念ながら「山登り」や「山下り」を競う陸上競技はなく、いくらテレビで「山の神」と持てはやしたとしても、トラックやロードで世界の強豪と競えるだけの結果が出ていないことも確かです。もっとも過酷で急な山登り山下りのある競争がオリンピック競技として公認されるかというと、安全性の面から難しいでしょうが。
さらに、走る人数が多くなれば当日の体調によってブレーキとなってしまう可能性もあるのですが、そこで完全に脱水症状になって足が止まっているのにチームとしてタスキを繋ぐことを最優先にするなんてことになってしまうと大変なことになります。例えば、山梨学院大学の大エースで、前の年には世界選手権のマラソンの日本代表になった中村祐二選手が1996年の「花の2区」で足の痛みをおして走ったものの1キロ過ぎから痛みで走れなくなった時の事を思い出します。
普通は走れなくなればコースアウトするなり指導者が掛け寄る形で棄権させるのが選手生命を考えれば最良の選択だと思うのですが、その時は応援していた山梨学院大の選手達は、レースを止めさせるのではなく、とにかくタスキをつなげて欲しいと思ったのか、中村選手の伴走をしだしたのでした。これはお涙頂戴の根性論からすると実に美しい光景かも知れませんが、選手によっては伴走している選手達に義理立てをして無理をして走ることでその後の選手生命が絶たれる場合もある危うい行為です。そのまましばらく中村選手を走らせた上田監督の判断も本当に適切だったのかどうか、私自身は陸上の専門家ではないのでわかりませんが、単に精神論で押し切って美談にしてはいけないのではないかと、その時には思いました。
昨今の箱根駅伝を見ていてもテレビアナウンサーの勇み足だと思うのが「無念の繰り上げスタート」というフレーズです。もし体に変調をきたすほどのトラブルがあってタスキ渡しが遅れるのなら、体調がいい時に「その一秒を絞り出す」のはいいとしても、痛めた足をかばってまで頑張らせる必要はありませんし、さらに脱水症状によってフラフラになっている場合には頭を打つようにして倒れればそれだけで命の危険もあります。その場合には有無を言わさずに棄権させるようでないと、たとえ才能のある前途有望な選手だったとしても、調整不足から脱水症状を起こしたら、走るどころかフラフラ歩くようになり、ついには頭から崩れるように転倒して再起不能どころかその後の生活もおぼつかない事故が出る恐れもあります。
翻って考えると、1984年ロサンゼルスオリンピックの女子マラソンで印象的な姿をテレビに映し出したスイスのガブリエラ・アンデルセン選手の様子をテレビが最後まで映し出した事が、どんな状態になっても死力を尽くしてゴールするということが美しく素晴らしいという価値感を生み出し、それが箱根駅伝にも伝染してしまったのではないかと考えることもできます。テレビがフラフラになったアンデルセン選手をアップで映し出す前に、大会関係者やスイスの陸上スタッフが早めに彼女の安全を考えて棄権させるべきだったと思います。
種目は違いますが、この文章を書いている2017年12月現在、話題の大相撲の貴乃花親方も当時の小泉首相による「痛みに耐えてよく頑張った、感動した!」というフレーズで賞賛された優勝決定戦への強行出場が力士としての寿命を縮めたということもあります。やはり本当に世界で戦える人材を箱根駅伝が育成するというなら、選手の健康や生命を危うくするような無理を強要させて「悲劇のヒーロー」を作ったり、世界レベルでそれほどのタイムが出ていないのに安易にスターに祭り上げるような事は避けて欲しいと思います。しかしテレビは来たる1月2日からの箱根駅伝本大会ではまた新たなスターを祭り上げてしまいそうな気がします。そんな中で思うことは、今回のような取材が訪れたとしても、あくまで選手の方々は冷静に対応していただいて、本気でオリンピックのメダルを狙っている選手はここをゴールにしないで欲しいと言うことだけですね。
(番組データ)
密着!箱根駅伝 春夏秋冬 後編(秋・冬)BS日テレ
12/20 (水) 19:00 ~ 20:54 (114分)
(番組内容)
1月4日早朝。ひとつの戦いが終わった翌日、次の戦いはすでに始まっていた!箱根駅伝に挑む学生ランナーたちの1年間に独自密着、その後編。
前哨戦では東海大、神奈川大が王者・青山学院を撃破。時代は変わるのか?王者が輝きを取り戻すのか?箱根を目指す学生ランナーたちの1年に密着。