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ボランティアの意味を考えさせられた尾畠さんの存在

今回番組に取り上げられた尾畠春夫さんは、山口県周防大島町で行方不明になった小さな子どもをすぐに見付けてしまったことで大きくマスコミに取り上げられましたが、あまりにもあっけなく見付かったこともあり、尾畠さんと行方不明になった両親のヤラセか? と思われた方は意外と多いのではないかと思います。しかし、尾畠さんが報道陣のインタビューに応じ、その様子を生々しく喋っているのを聞いているうちに、個人的には違った感情を持つようになりました。

それまでの創作活動は、人海戦術で捜索させられていると感じる人が混じっていたかも知れず、さらに仕事として捜索している人もいる中で大勢の捜索活動では見付けることができなかった場所を予想し、人を捜索する場合のノウハウに長けた尾畠春さんの経験に裏打ちされた独特な行動で、的確にその居場所を突き止めたのは実に素晴らしい行動でした。人が多ければ子どもの小さな声は喧噪にかき消されてしまうでしょうが、尾畠さんはまだ一斉捜索が始まらない早朝から探しに行ったことで、小さな子の息遣いを感じることができたのではと思います。そんな尾畠春夫さんが「情熱大陸」で密着取材されるということで、この方はどんな方で、どんな魅力がある方なのかというのが少しわかったような気がしています。

尾畠さんが番組の取材を受けた日には午前5時半に起床し、6時頃から独自のボランティアとしての行動をはじめました。その前にどこかのお店で買っておいたと思われるおにぎりと、お茶の代わりに水道の水を汲み置きしたと思われる大きな焼酎用のペットボトルが朝食のメニューになっていました。その時、ご飯の匂いを嗅ぎつけたのか一匹の猫がやってきましたが、尾畠さんは「俺は来る者は拒まない」と言って自分のおにぎりをちぎってあげていました。今回の「情熱大陸」のロケについても「自分の作業を邪魔しなければ」という条件を付けて許可しています。

尾畠さんが車を停めているのは大雨の被害を受けて避難所となっている広島県呉市の天応地区にある小学校のグラウンドで、軽自動車のダイハツハイゼットと思われるワンボックス車を現地までの交通手段および車中泊をするための寝床として使っています。校庭にあるアスレチック施設のロープの網に洗濯物を干していましたが、小学校の水道を使わせてもらっての洗濯は認められているようなので、よく道の駅で同じことをしていて顰蹙を買っている「非ボランティア」の旅行者ではなく、あくまで天応地区の方々の許可を受けた上で使っているらしいことはわかります。

天応地区で家屋の中に入ってきてしまった土をかき出す活動は、全国から募集したボランティアも参加し、尾畠さんもそうした一般のボランティアに混じって受付をして集団での作業に参加していました。決して特別扱いは受けていませんし、尾畠さんもそれを望んでいないようでした。

その作業の前に朝食を終えてから行なう作業というのは、尾畠さんが自分で考えてそれなりに地域の人に役に立ちそうなことでした。地域を流れる氾濫した川をさらい流れてきた衣服と思しきものを拾い上げて干すということを繰り返していたのです。ゴミの処理ではなく、あくまで流れてきた衣服と思しき物をわかるようにその場に干すという作業です。

番組では触れませんでしたが尾畠さんは東日本大震災後に東北にボランティアに入り長期の活動をする中で、被災者の思い出となる写真を発掘する作業を行なっていました。尾畠さんが活動に入っている天応地区では、取材当時まだ消息がわからない女性が一名いました。尾畠さんはその女性の手がかりになればと、もしかしたら被害に遭った人の衣服かも知れないものを泥の中から発掘していたのでした。こうした思想は自衛隊や警察といったまだ生きているかも知れない人を救助したりするのとは違い、より深く被災者の心象風景に向き合わなければ思い付かないことです。

災害ボランティアの活動をするには守るべきルールがあり、マニュアルもあるわけですが、マニュアル通りにやりさえすえばいいという考え方がある一方で、現地に腰を落ち着けて活動を続けていなくてはわからないマニュアル外の状況もあり、何を被災者が求めているかを把握し、先回りをして活動するといったプロフェッショナル的なボランティアの活動を尾畠さんはしているということをちょっとした番組の一部を見ているだけでも感じることができました。

これは、経験に裏打ちされたものなのでおいそれと継承するわけには行かないでしょうが、呉市の方々が尾畠さんに山口県周防大島町の事がなかったとしても、その精神には感銘を受け、慕っているのがわかるシーンも出てきます。

登録ボランティアとして午前中ずっと動き続けた尾畠さんの元に、一人の男性が歩み寄って母が作ったといわゆる広島風お好み焼きを尾畠さんに食べてもらいたいと持ってきた男性がいたのですが、決して人からの施しを受けないと周防大島町ではお風呂に入るのも断わっていたのに、その行為を受け入れていたのにはちょっとびっくりしました。そして、さらに驚いたのは、昼食をごちそうされたことに感謝し、泣いているところを見せまいと顔を覆いながら頭を下げ続けるような行動をされていたことです。テレビニュースで報道されたことで、尾畠さんの元には全国から公演の依頼が殺到しているようですが、お金をもらうと今まで施しを受けずに活動してきた気持ちが変わってしまいそうだということで決して引き受けず、地元の町のコマーシャル出演の依頼も断っている中で、実際に被災された方の想いを受け取ることもあることがわかりほっとするとともに、自分が何か施しを受けるのは本当に悪いと思ってしまう生真面目な人なのだろうなと感じさせてくれるシーンでした。

ボランティアとして出掛けた先ではお風呂は呼ばれない尾畠さんですが、それはなぜかと思ったら、何せ地元が温泉の宝庫である大分県で、近くに無料で入ることのできる露天風呂があるのでした。自宅に帰った時には熱いお湯に浸かっては出ることを繰り返し、取材時には3時間も入っていたそうです。年金だけでどうして長期にわたるボランティアとしての生活ができるのかという疑問もありましたが、ご自身のお子さんをはじめとして温泉でご一緒する方々も気心の知れた方々ばかりのようで、そこには地元の人とのつながりを感じました。そんな尾畠さんが生活に必要なものは車の中に備えて必要最低限の粗食で活動される姿は、普通の人間がおいそれと真似できるようなものではないということも感じました。ある意味、修行僧のような方だという気もします。

同じ「ボランティア」という言葉でこの文章を書いている時期に問題になっているのが、2020年に開催される東京オリンピックの運営に協力する「大会運営ボランティア」の存在です。真のボランティア精神というのは尾畠さんのように、仕事を離れたり学生で時間があったりして物理的な作業に関わることができる人が、意気に感じて自主的に手伝いたいと思う人が行なうべきなのですが、東京オリンピックの事情というのは少々違います。

最初から8万人という人数を募集し、もしそれだけの人員が集まらなかった場合にどうするのかということを考えた場合、最悪募集人員に大幅に足りなくなった場合、協賛企業や大学生を動員して使おうなんて姑息な考えはないと信じたいです。遠方からのボランティア参加の場合、交通費や宿泊費は出ないそうですが、例えばもし尾畠さんが車で東京にやってきて車の中で寝泊まりしながら大会期間中にボランティア活動を行ないたいと思ったら、大会運営を担うオリンピック委員会はそんな場所を提供してくれるのでしょうか?

(番組データ)

情熱大陸【“神”と呼ばれるスーパーボランティア尾畠さんが被災地に行く理由】毎日放送
9/23 (日) 23:00 ~ 23:30 (30分)
【ボランティア/尾畠春夫】
1939年大分県生まれ。小学校5年生の時に母を亡くし、農家に奉公に出る。中学校は3年間のうちの4ヶ月しか通えなかった。別府市や山口県下関市、兵庫県神戸市の魚店で修業を積み、東京で鳶と土木の会社で資金を貯めた後1968年大分に戻り魚屋「魚春」を開業。地元の人気店だったが65歳の時に惜しまれながら閉店、以後ボランティア活動に専念。家族は妻と48歳の息子、45歳の娘、孫5人。

(番組内容)

ボランティア/尾畠春夫▽赤いつなぎに“絆”と書かれたヘルメット…尾畠が現場に入ると、空気が変わる。原動力は何なのか?密着を続ける中で告白した「秘めた想い」とは

今年8月、山口県周防大島町で行方不明となった2歳児を発見し一躍時のひととなった尾畠春夫。現場では率先して床下へもぐり込み、被災者に寄り添い仲間に作戦を指示。また経験が浅く動きが硬いボランティアを得意の冗談で和ませる。身長161cm、小柄な体からは絶えず前向きなエネルギーを発し続ける78歳は、なぜここまで打ち込めるのか?密着の中で「他の取材では話したことがない」長年の秘めたある想いを口にし始めたー。