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99.9 ドラマと現実と

刑事事件を毎週一回無罪にしていくジャニーズ事務所所属の俳優・松本潤さんの出演するドラマの題名が「99.9」(TBS系)で、事前の番組告知についてもこのドラマの事を想像させるような感じだったり、番組内でも仲間の弁護士の方々と今村弁護士が飲みながら語っている場面では、ドラマを意識するような発言も出ていました。

ただドラマでの弁護士軍団は実にスマートに活動するさまが描かれていますが、現実の世界とはかなり違うことが改めてわかりました。番組内での同僚の方へのインタビューによると、ドラマのような弁護士の人数の事務所で刑事の冤罪事件をやり続けるのは、かなり財政的に厳しいのだそうです。今回の主役である今村弁護士は25人くらい弁護士がいる合同事務所の中の一人だから、何とかやっていけているということがあるのだそう。逮捕されて無実を主張する人の弁護を引き受ける場合でも、この今村弁護士が受けている事件は世間的に注目されるような事件でないことが多く、ほとんどが依頼人にお金がなく、裁判に勝たないと報酬を受けられない中で弁護活動をしていくので(その場合の報酬も比較的少ないと言うことです)、支援者からのカンパが頼りの仕事になることが多いという事でした。

そんな今村核弁護士がテレビの取材を受けられ、過去に無罪を勝ち取った一部の裁判の内容を紹介するのがこの番組の主な内容です。いかにもカメラを向けられ記者の質問に答えたくなさそうな今村弁護士は怖くてとっつきにくいという感じがするのですが、番組を通して見ていくうちに、記者とも打ち解けてきて、儲からない刑事事件を多く扱う事についても口を開いていきます。

その中で改めて語られるのが刑事事件の裁判においては、「疑わしきは罰せず」ではなく、被告人の方で無罪を証明する事ができないと有罪になってしまう現実です。こうしたえん罪を晴らすためには科学的な眼が必要で、そのため独学で科学についての本を読みながら相当勉強をしている跡が彼の書斎を見る限りは伝わってきました。裁判で検察が依頼した学識経験者に科学的根拠に基づいた鑑定書が提出され、弁護側はその意見を根本的に崩さなければいけないのですから、いかに科学的で雑学にも秀でる眼を持つことが大事かということが改めてわかります。

番組内で2件目の事件として紹介された痴漢冤罪事件については、その裁判を扱う裁判官によって正しい判決が歪められることもあるという世の中の理不尽さを示しています。というのも、意図的に今村弁護士によって提出された重要な資料を不採用にし、残りの証拠物件のわずかなスキを付くような形で誰もが予期しなかった有罪判決を下したことで、今村弁護士からこんな判決は聞いたことがないとまで言わしめています。そのレポートの中で大変興味深いのは、事件を取材したジャーナリストの方が改めてこのような判決を出す裁判官は一体どんな生き方をしてきたのかと調べたところ、実に興味深い過去の話に行き付いたというのです。

その裁判官の方は昔はリベラルな考えを持っていて、あまりに理不尽な警察の逮捕状要求にはあえて逮捕状を出さないということもしばしばあったとのこと。そんな人が検察や警察の意を汲むような判決を普通に出すようになるには、恐らく大きなリベラル派としての挫折があったのだろうと推測されますが、政治でもそうですがいわゆる「転向」した人というのはまるで過去に信じていた自分の考えと同じような考えを持つ人に対してはアレルギー反応のようにかたくなな拒否感を出すことがあります。紹介された裁判官の方にどのような事があったのかはわかりませんが、正しいことを正しいと通すことのできない社会があり、今村弁護士は青年から中高年に至っても未だその世界を信じて戦っているのに対し、裁判官の方にはもはや諦めの境地が感じられます。私たちも世の中こんなもんだと諦めるしかないのでしょうか。

一つの希望というところまで行かないかも知れませんが、私自身、こんな地味な番組を見ようと思ったのは、最初に紹介したTBSのドラマを知っていて、実際にそんな弁護士の方がいるのかと興味を持って見たからで、ドラマはドラマとして荒唐無稽な役者同士のやり取りとかがあって笑ったり怒ったりして見ていた人の中にも、この番組の事前告知を見て、本物のえん罪弁護士とはどういうものかという事に興味を持った方も少なくないと思えます。冤罪事件に関わらず、今社会で問題になっていることをドラマで取り上げることは、あながち人気の若手俳優を使って多くの人が楽しめる筋立てにしたドラマであっても捨てたものではないと思えるのです。ちなみに、上記の裁判直後にツイッターでこの判決の話が拡散し、多くの人の怒りの感情が今村弁護士が感じたものと同じような考えだったことから、控訴審に向けての力となり、ついには控訴審で無罪が確定しています。裁判の世界においても社会大衆の声は全く無視することもできない存在なのではないかと、この話を見て思いました。

テレビのニュースにならないような小さな事件でも、それまで普通に生活していた人がいきなり刑事事件の犯人として拘束され、罰を受けざるを得なくなってしまう現実がある中、警察や検察の思い込みだけで逮捕から有罪までにされるような現状については、一人一人では伝わらなくても今の社会はネットで繋がっていくこともできるので、地道にお仕事をされている今村弁護士を含む全国の弁護士の活動を何らかの形で応援することの必要性を感じた今回の視聴でした。

(番組データ)

BS1スペシャル「ブレイブ 勇敢なる者“えん罪弁護士”完全版」NHK BS1
4/15 (日) 22:00 ~ 23:50 (110分)
【出演】弁護士…今村核,
【語り】本田貴子,
【声】若林正,相沢まさき,桐井大介,中野慎太郎,中尾衣里,下山吉光

(番組内容)

大反響を呼んだ「ブレイブ“えん罪弁護士”」の未放送映像を加え、再構成した100分完全版。有罪率99.9%に挑み、無罪14件という驚異的実績を誇る今村核に迫る。

「無罪14件」。その実績に他の弁護士は「異常な数字」と舌を巻く。“えん罪弁護士”の異名を持つ今村核(いまむら・かく)は、20年以上も刑事弁護の世界で闘ってきた。過去に取り組んだ事件では、通常裁判の何倍もの労力をかけ科学的事実を立証し、えん罪被害者を救ってきた。勝てる見込みも少なく、報酬もわずかな「えん罪弁護」。それなのになぜ、今村は続けるのか?自身の苦悩を乗り越え、苦難の道を歩み続ける男に迫る。