舛添要一氏の行動からコメンテーターのあり方を考える(5)到達点を見際める

前回までの文章を書いていく中で、改めて舛添要一氏の経歴の変化について書いていくと、以下のようになります。見事に出世していく様子が見て取れるようになっています。

・東京大学法学部助手→東京大学教養学部政治学助教授(国際政治学者)→舛添政治経済研究所所長(東京都知事選出馬・落選)→参議院選挙・自民党比例区で当選・参議院議員→厚生労働大臣就任→自民党離党・新党改革代表へ→参議院議員退職→新党改革を離党→東京都知事選に無所属で立候補し当選→東京都知事辞職

東大の助教授として、さらに国際政治学者としてテレビに出る中で知名度を得、東京都知事選に出た時には失敗したものの、自民党から誘われて参議院議員として国会に進出し、大臣にまで上りつめました。このまま党内に留まり、中から執行部を批判しながら議員としてのステイタスを上げる手もありましたが、残念ながら今の自民党というか政界全体が世襲の風が吹き、まともな方法では大臣以上に成り上がるのは難しい事は確かです。

そんな思惑を持って国会議員退職後に東京都知事に当選し、別の方向からのし上がる方法について模索していた中で足元をすくわれてしまったというのが今までの流れですが、最終到達点を東京都知事として職務を全うするという道もあったのではないかと思います。ただ、その後の行動および結果を見てしまうと、自分は東京都知事で終わるような男ではない、自民党からの後ろ立ても得て、一時は総理大臣に一番近い男とも呼ばれたわけだから将来は総理大臣を狙おうと疑惑の渦中まで思っていたとしたら、かなり当時の状況把握をうまくされていなかったのだろうと思います。

さらに、数々の疑念を週刊誌報道からワイドショーにまでで明らかにされる中、BSフジの「プライムニュース」に生で出演した事でその後の自分の運命を、それまで自分の味方出会ったはずのテレビに裏切られる形で失脚への道の駆け出してしまいます。当時、自らがどう視聴者に映っているかというのを完全に見誤ってしまったのです。

舛添氏は番組司会社の反町理氏に疑惑について矢継ぎ早に質問され、その答えとして、「精査してお答えする」という回答を繰り返すばかりで、番組中に何回「精査」と言ったかという事が話題になる始末でした。恐らく、BS民放で多くの人が見ていないであろうと思って、自分はあくまでテレビコメンテーターとして成り立っていると誤った判断のままとにかくこの場から逃げる事しか考えていなかったと思われます。番組が生中継であったこともあり、その全てを見た視聴者が少なからずいたことも誤算だったろうと思います。

しかし、翌日の朝のワイドショーでフジテレビでは前夜のBSフジのVTRを舛添氏にとっては映して欲しくない所だけを編集して流したことで、その情けない逃げっぷりが明らかになってしまったのでした。この辺りは実にテレビ的な演出であり、もし自分がすでにテレビからすると影響力のある論客ではなく、おかしな言い訳しか言えないでいる「笑われる存在」に成り下がってしまいつつあることを理解できていたら、当初のBS出演の段階で自らの間違いについてきちんと謝罪をし、後日の定例会見へとつなげることで、あそこまでの批判が盛り上がることはなかったはずです。

これは責任ある立場の人間であればあるほど、自らの失態を隠し続けることで視聴する側の怒りはさらに増幅するような所があります。政治家が様々な失態を犯した後、すぐに記者会見をするか、いきなり「入院」をして数ヶ月公の場に出て来ないケースが有ったとして、炎上するのは圧倒的に後者の方だということからも明らかでしょう。様々な疑惑に対して何も答えず、新しい話題が出れば忘れられるだろうたタカをくくっているような人物については、週刊誌は追加特集を組み、常に新しい「疑惑」が湧き上がってくるような人物であればとにかく早く釈明しないと、テレビでも「新事実発覚!」という風に本人が出てくるまで報道は続き、今回の舛添氏のように全ての社会的地位を失なってしまう可能性もあります。

今回の舛添氏は最後の最後になって最も取ってはいけない行動を取ってしまったため、しばらくは四面楚歌の扱いではあったのですが、これだけ悪名が轟いてしまうと逆にテレビ局の方から、そんな状況で何を言うのだろうとの興味を出てくるのか番組に出て欲しいというオファーも来るようになるわけですから、テレビというものはげに恐ろしいものだと思う方もいることでしょう。

テレビと言っても番組は選ばれる部分はありますが、過去に覚せい剤使用で逮捕されたスポーツ選手でさえ、テレビのバラエティに出演して他人の覚せい剤事件について語っているということもあります。時の人といった場合は多少テレビの枠から外れているような人でもテレビに出られてしまうようなところはありますが、ただしちゃんとしたテレビ出演のルールを守って、テレビの枠に徐々に収まるように自身が変化していくことができれば、最初のテレビ出設を契機にしてテレビコメンテーターへの道を歩むことも不可能ではありません。

このように、テレビに出るための敷居は低いところはあるものの、常にテレビで自分の事がどのように映されているかということを考えて出演しないと、制作者や視聴者から拒否反応を受けて次からはお呼びが掛からなくなってしまうのもテレビなのです。時代の寵児ともてはやされていたとしても、車で事故を起こしたり、口がすべって怒らせてはいけない人を怒らせてしまっただけでテレビに出られなくなる危険があるということで、テレビに出ることで勝負したいと思っている方はなかなか大変だと思いますが、継続してテレビで顔を売ることで得られる効果もあるわけですから、将来テレビコメンテーターになりたいという方は是非舛添要一氏の行動を参考に自らの身の振り方を考えみるのも一興ではないかなと思います。

※ここまで書かせていただいた内容をリンクの形でまとめさせていただきました。興味のある方はリンク先からもご覧下さい。

(1)恥も外聞も関係なし
(2)ネットサポーターを作れ
(3)発言は大声で尺に収める
(4)常に「仮想敵」を作る
(5)到達点を見際める


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