ワイドショーによる松村邦洋さんのネタ潰しについて考える

ブログで一時の熱狂に過ぎないと思えるワイドショーの話題を扱うと、一年後あたりでも見返すと何を書いているのか誰もが忘れてしまっている可能性もあるので、本来はこうしたネタに触れるべきではないのかも知れませんが、今後も同じような状況が出てくる可能性はありますし、それがテレビの力だと言えはそのように考えられもすると思いますので、2017年11月あたりからずっと連日テレビのワイドショーを占拠しているように繰り広げられている、大相撲の横綱・日馬富士による貴乃花部屋の貴ノ岩関を飲み会の席で殴打して大怪我を負わせたと言われている事件の余波について考えてみたいと思います。

毎日新たな事件が起こる中において一つの話題が長く続くというのは、登場人物が多岐にわたり、議論の中心が別のところにずれて迷走することで扱う内容が増えるということが原因であり、どんどん「新事実」が報道されていくに従ってヒートアップしていくからと考えられます。この一連の報道についても、当初はモンゴルからやってきた関取衆の中だけの話であったのが、被害者側の直近の上司で暴行の事実を警察に告発した貴ノ岩関の所属する貴乃花親方(花田光司氏)について、相撲協会側の論理によるバッシングへと変化していっています。少なくとも貴乃花親方が過去にあった相撲部屋での暴力事件のように、直接ビール瓶で弟子を殴打するような話もなく、事実として貴乃花親方自身が逮捕されたとか容疑者になったのでもないのにです。

この文章を書いている段階ではまだ九州場所が終わっていないため、本場所終了後に貴乃花親方が口を開いたり警察による発表があるかも知れないので事実関係についてはっきりした事は言えませんが、日本のテレビというのは「事件告発者」に対して同情するよりもバッシングをする体質というものが変わっていないなと思います。

とりあえず、「新事実」としてワイドショーが伝えている内容の多くは、加害者や被害者本人が直接述べた事ではなく、いくら同胞の大先輩や親戚であっても、そうした人から記者が聞いたりネットの書き込みをなぞった伝聞情報であることに違いなく、必ずしも正確な情報とは断言できないのです。そうした前提なしに、伝聞情報を基にしてあーだこーだコメンテーターが言い合う内容がほとんどの朝のワイドショーで繰り広げられている光景というのは、見ている方も感覚が麻痺しかかっていると言えるかも知れません。

ワイドショーでは番組のかなりの時間を使って個人攻撃に費すなんてことは、犯罪者でもない人をなぜここまで悪く言えるのか? と個人的には思うのですが、ワイドショーに出演してテレビカメラの前に立つと、何らかの魔術にかかってしまって、テレビ局の意図するような発言しかできなくなるのがテレビの持つ内なる力だと言えない事もありません。もちろん、民放の場合はスポンサーへの配慮があってしかるべきなので、興行主としての日本相撲協会を悪く言う事は難しいかも知れませんが、それならこの事件については伝聞でない確かな情報が入らないうちは扱わないというのも一つの手段だと思うのですが。

何より今回の加害者非難から被害者側の貴乃花親方&貴ノ岩関へのバッシングを既成事実化することで、残念だと思うことがあります。それは、ものまね芸人の松村邦洋さんが「貴乃花部屋へ稽古を見に行った時の親方のマネ」という至極のネタを封印しなければならないことにつながってくると思うからです。

まだYouTubeを探せば出てくると思いますが、貴乃花親方は相撲関係者ではない松村さんには実に紳士的で優しい対応をするのですが、稽古中に気を抜いた貴ノ岩関については、態度を一変させて「オイ、貴ノ岩! 何やってんだ! 莫迦野郎!」「水飲むな!」などの厳しい言葉が浴びせられるというそのギャップが何より面白く、私自身も松村さんのものまねがあったことで貴ノ岩という関取の事を知ったということもあります。

もし今後、松村さんがこの一連のものまねをやったとしたら、テレビは放送しないでしょう。それは貴乃花親方と貴ノ岩関とのセットというのは、これまで紹介したワイドショーでのバッシングを想像させるからで、今後の状況によってはテレビが一つの芸を潰したと言われても仕方のない面があるように思います。

こうした芸の封印については、ものまね芸人で特定の人の真似だけで営業しているような方の場合はさらに大変です。例えば元プロ野球選手の清原和博氏のものまねを専門にやっている「リトル清原」さんのように、本人が不祥事を起こした事で本人とは同一人物でない単なるものまね芸人がテレビにすら呼ばれなくなってしまう事例もあるわけですが、逆にあえてテレビに呼ばれるというパターンもあります。それは、本人でないものまねであるということを逆手に取って、ニュース映像の本人にはできない「茶番」をテレビ上で演じてもらうために依頼するという場合です。

さすがにそうした依頼については断わってテレビ以外に活躍の場所を見付けながらリトル清原さんは活動していたそうですが、本人と似ているものの本人ではない芸人さんを騒動に乗じて演出の手段として使おうというような考え方は今までもテレビではありましたし、今後も同じような事例は出てくるでしょう。それでいて芸人さんの渾身のネタは決してテレビでは披露させないのもテレビ的なものであるのです。

こうした事は、何でも人々の興味ある事なら出して人々を食いつかせようとする「見せ物小屋」的な発想から来ているものだと思います。確かにそうした手法で多くの人がテレビに群がった時期もあったのかも知れませんが、今後ネットを含むテレビの多チャンネル化が現実のものとなり、見たくないものは見なくても別のチャンネルで充足できるようになれば、いくらワイドショーが外に向かって晒し者を作ったとしても、そこに人々は決して群がることもなくなるでしょう。

今回の騒動自体も、相撲など全く興味ない人にとってはどうでもいいことですが、この騒動の後で好きで見ていたものまね番組で披露できないタブーができたということになれば、そのタブーが付いて回らないところのチャンネル(今のところ地上波からBS→CS→ネット)に移っていくことになるかも知れません。そうなれば地上波放送を見たいと思う人が少しずつではありますが減っていくわけでしょう。地上波のテレビでは、視聴者が愛想をつかさないような配分で必要な事を中心に放送し、決して告発者をないがしろにせず、関係のないところまで自粛すべきでないと思いますが、恐らくここまで説明した状況は変わらないでしょう。かくしてさらにおぞましい侃々諤々の言いっ放しの番組が今後もたれ流されるわけです。逆に言うとそれこそがテレビの本質が行き着く先なのかも知れません。

(2018年12月23日追記)

上の文章を書いている時にも心配していた松村邦洋さんの元・貴乃花親方ネタですが、たまたま昨日2018年12月22日のNHK第一放送のラジオ、「DJ日本史」の中で「貴乃花親方退職」→「貴ノ岩暴力事件からの引退」を受けたネタを披露していました。どんなものかと言うと(全て一字一句同じではありません)、

「貴ノ岩の行なった暴力行為は決して許すことができません」
「今度貴ノ岩に会ったらぶっ飛ばしてやりますよ(^^;)」

という、外と内についての態度が違うというギャップが元・貴乃花親方にあることを大いに誇張してのネタなのですが、こうした試みをラジオとは言え松村さんが継続して披露していることにホッとするとともに、やはりテレビとラジオの媒体の違いによってできることも変わってくるということを再認識したということもあります。


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