アニメ「妖怪人間ベム」が来年で50年を迎えるのだそうです。私自身はリアルタイムで見たわけではないのですが、地元テレビ局がコンテンツ不足を埋めるべく、何度も再放送していたのを見ていましたし、全国で同様の再放送を見たであろう人々がテレビ業界に就職し、比較的最近に実写化したことが一般的な再評価につながったのではないかとも思われます。
そんな流れの中、BS無料放送の中でもマイナーなBS11が原作をオマージュしつつもちっとも恐くないギャグ作品としての新作を作り、それに過去のオリジナル版を合わせて深夜2時から放送するということになっています。いかにも民放BSらしい企画だと思いつつ、最近になってこの番組に気付き、続けて見ているのですが、同じように面白く見ているはずの過去のアニメファンからは、私のように過去の再放送を見ていた人が多いのか番組ホームページに数多くの同じ意見が挙がっているのが見ていて逆に面白かったりします。
何が問題かというと、題名に書いた通りオリジナルの音をそのまま流した場合に数多くの「何を言っているかわからない」という「ピー音」が必ず入るのです。なぜこんなことになってしまうのか、BS11で深夜2時からの放送だからオリジナルの音のまま放送してもいいのでないかというような声で番組へのメッセージがあふれてしまっているのです。
この種の問題は、アニメに限らず過去の名作と言われるテレビドラマや映画を現代のテレビで放送する場合にも問題になってきます。この問題に対して取り得る方法は2つあって、一つはこの「妖怪人間ベム」と同じように出しては都合の悪いセリフに「ピー音」をかぶせるか音そのものを消してしまうという昔の「水戸黄門」の再放送でよく遭遇するパターンです。
この方法はとにかく不謹慎だとテレビ局に抗議を入れる団体や個人を押さえ込むには有効な手段ではあるのですが、いったんこういった形でテレビ局の方が「放送しない自粛用語」を決めてしまうと(放送禁止用語というのは、後で説明しますが厳密にお上から禁止される言葉というものはほとんどないと思います)、新たな「不謹慎な言葉」を抗議をする団体が見付けてしまった場合、新たに糾弾を受ける余地を残してしまうわけで、どこまでを「不謹慎な言葉」だと決めるのかという問題に突き当たってしまう可能性があります。
そして、もう一つが「当時の著作者の意図と時代背景を考慮した上でそのまま放送します」というようなテロップを入れて、マジでやばい言葉以外はそのまま放送してしまうという方法です。この方法は昔の映画を流す時には良く使われます。時代劇の場合は仕方のない部分もありますし、現代劇であっても撮影当時の風俗が映画で映し出された場合、言葉遣いも当時の様子をそのまま写すことでその時代がどんな時代だったかを実際にその時代に生まれていなかった人にも感じさせることができるでしょう。
そういう意味で、「妖怪人間ベム」の1968年版アニメについても、このアニメが作られた時代ではどんな感じで社会が動いていて、時代的に今の常識から見るとかなり差別的な物言いが普通に行なわれていたということを示した方が、当時の社会情勢を研究する資料として見た場合、より深くこの作品を鑑賞することができるだろうという意見は当然出てきます。しかし、今の世の中というのはなかなか簡単に事が済む世界ではないことも確かです。
この文章を書いているのは2017年の10月ですが、前月の9月に放送されたフジテレビの「とんねるずのみなさんのおかげでした」で登場した過去のキャラクターの中で、とんねるずの石橋貴明氏が扮した「保毛尾田保毛男」というキャラクターが当時のVTRでなく現代にそのまま出現したことで抗議の声が挙がり、フジテレビが謝罪に追い込まれてしまいました。
そもそも問題になったキャラクターの名前の中に入っている「ホモ」という言葉自体がゲイの人に対するいじめを誘発する言葉になっているからと(元々「ホモ」という言葉の意味は「同性愛者」という意味なので、男の人しか愛せないゲイだけを指すような形で使うのはおかしいという指摘もあります)「ホモ」という言葉を使わないようにということも抗議をする側が主張されているという話を聞き、これでまた「放送局の自粛用語」が増えたなと個人的には思いました。
元々放送禁止用語というのは不自然に決まっているような場合もあります。例えば下ネタの場合、現代においても男性の性器の名前は放送に乗せられるのに、女性の性器の名称については一切駄目というのは男女同権という立場からするとおかしいと思う人もいるでしょう。また最近では体のさまざま部分が不自由な人のことを従来の「障害者」という「害」という漢字の入る書き言葉ではなく、「障がい者」や「障碍者」と書くようにしましょうと訴えている方もいます。そうした考えを進めて行くと、今後は明らかに個人の身体的特徴を揶揄する意味で使われている言葉についてもテレビで使うのは自粛すべきだとの風潮が強まるかも知れないと思ったりします。
そんな言葉の最先鋒としては「このハゲ!」という言葉が思い付きます。ここで言う「ハゲ」は、先に紹介した「ホモ」のように、自分ではどうにもならないところで揶揄されいじめの対象になるということに共通点があります。さらに細かい事を言うと、ある程度の年を経て「ハゲ」になるということが全てではありません。元プロ野球の森本稀哲氏のように先天性の病気でなる場合もありますし、幼くして難病にかかり、治療薬の副作用としてカツラを使う状況というのも普通にあります。しかしながら今まで「ハゲ」という言葉については他の言葉がことごとく言葉狩りに遭う中で寛容にテレビの中では扱われてきました。
私自身は「ハゲ」という言葉をほかに置き換えられるだけの言葉が見付からないので、そこまで自主規制する必要はないと思っていますが、近い将来にこの件について見過ごせないとテレビ局に対して糾弾活動を行なうようなところが出てくれば、「ハゲ」という言葉を言う映画やテレビ全てを「ピー音」でかぶせるような作業が必要な時代になってしまうかも知れません。それがテレビの世界だと言われれば仕方ありませんが、そうなったらコアなアニメファンや昔のドラマファンは自主規制の必要ないネット配信の方に流れていく事になるでしょう。かくしてテレビは自ら見てくれる視聴者を失くすという流れになっていきます。
今回のアニメについてはこんなことを書いた割には全く「ピー音」が出て来なかったのですが(^^;)、その分ストーリーに集中して全編を楽しむことができました。やはり見ていて急に思考を中断されることのないのが一番作品を楽しむためには大切なことであることを実感した次第です。
結論めいた事を言えば、そうした「放送禁止すべき用語」が決まるのには社会の状況もありますし、抗議団体が一定の力をテレビ局に対して発揮し、局がその訴えを飲んだ場合に決まると言っていいでしょう。そう考えると、今後もテレビを楽しんで見てくれる人を残すためにはこの番組内の「妖怪人間ベム」のように臭いものにはフタといった感じで安易に「ピー音」をかぶせて逃げるよりも、抗議団体にも一定の理解を示せるようなテロップの文章を考えつつ、直接抗議が来たとしてもたじろがないで、過去の作品を再放送するにあたっては、あえてピー音で消さない理由を理解してもらうように努める方がいいような気が私にはするのです。
(番組データ)
妖怪人間ベム BS11イレブン制作
10/24 (火) 2:00 ~ 2:30
1968年版 (ベム)小林清志 (ベラ)森ひろ子 (ベロ)清水マリ
新作 (ベム)杉田智和 (ベラ)倉科カナ (ベロ)須賀健太
(番組内容)
(1968年版+俺たちゃ妖怪人間)#3「死びとの町」
「はやく人間になりたい!」 国産ホラーアニメの原点にして金字塔『妖怪人間ベム』の50周年プロジェクト始動! 第1弾はオリジナル版の再放送+新作ショートギャグ!