山田風太郎の日記は学ぶべきか捨て去るべきか

三國連太郎さんが朗読する作家・山田風太郎さんの戦後から1993年まで43年間の未公開日記を時代別に辿りながら(『戦中派不戦日記』など、戦争時の日記は既に刊行されていました)、彼の残した言葉の意味を考えさせるような感じで番組は淡々と進んでいきます。三國連太郎さんが語る山田風太郎さんの言葉は、今の基準に照らすといわゆる「リベラル」的な考えのようで、中にはこのような番組など見るだけ無駄だと思っている方もいるのではないかと思います。

しかし、山田風太郎さんは戦前は自らの病弱に起因し、戦争に行けなかったことがあったからなのか筋金入りの皇国青年として育ち、昭和20年8月15日の太平洋戦争終結の日には仲間ともども降伏に反対し決起を考えたほど、思想的には右に寄った考えを持っていました。しかし、戦後のあまりの日本人の心の変化に(特に戦前から戦中の期間に軍国主義をうたっていた人たちの戦後になっての変化がすさまじかったので)、その後の日本政府や日本人の行動などを日記の中で憂うような考えを示すことになっていきます。経済的なメリットでアメリカ的なものにひれ伏すような感じではなく、あくまで地に足を付けて様々な日々通り過ぎていく事件などを日記に記していく中で、赤裸々な自身の考えを日記の中で表現しているように感じます。

作家の書く日記なので、もしかしたら書きながらある程度公開することも考えて書いているところもあったのかも知れません。現代にあてはめてみると、感じとしてはブログを使って今の自身の心況を自分のためだけでなく世間にも公表するような感じで書いていたのかも知れませんが、出版するにしてもまずは読んでくれる人がいるのかという問題もあり、実際に今まで出版されないところからも当時は必ず世間に公開されるという確信があって書かれていたのではないでしょう。今回の特集も「未公開日記」ということでの紹介なので、あざとい計算で書かれたものではないということは言えると思います。あえてあざといと言うなら、番組として強烈なインパクトを残すために三國連太郎さんを効果的に画面に出しつつ、さらに資料映像とからめて日記の一部分を抜き出して紹介する作り手としてのあざとさというのはあるかも知れませんが。

残念ながらこの番組で紹介された膨大な量の日記は未だ世に出てはいません。もしきちんと読めればこの番組の内容もきちんと検証することができるのかも知れませんが、研究者でもない限りは通しで読むことは難しいかも知れません。番組ゲストの五木寛之氏が番組を一緒に見た後でおっしゃっているように、山田風太郎の戦後の出来事を斜めから看ているようなネガティブさというものをたどる事は、豊かさがあふれる戦後の中で、現代にまで続くどんな問題が巣食っていったのかということを一部明らかにし、将来の自分たちが同じ失敗をしないようなヒントが隠されているような気がしないでもありません。

五木氏の言葉の力とはすごいもので、山田風太郎さんの未公開日記は司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」でなく「坂の下の霧」だと言えば、わかる人はどんなニュアンスの日記であるかがだいたいわかってしまいます。さらに登山でたとえると、一生懸命登って頂上まで至る登りも大切ではあるものの、安全に麓まで降りる下山というものも大切でどう実現するかということが大事だと思って書いたようなものだという話は、なるほどなと思います。日本はこれから単に下リ坂を転がり落ちていくのではなく、「収穫の時期」の楽しみもあると言い、これからの日本の「豊かさ」を楽しみに過ごすのも良いと締めくくられました。恐らく番組を見た方の年代によって感じるものが違ってくるのではないかと思います。

そう考えると、あんまり若い人がこの番組を見て老境に入ってしまうのも困りますし(^^;)、そんなネガティブな考えに凝り固まってしまうなら現状ではこんな番組を見たことなど忘れて自分の好きな事をやり通せばいいと思います。ただ、自分の信じた考え方でつき進んでいる若い方々に相手にされないまま、通り過ぎられてしまうというのでは悲し過ぎるので、こういった番組は定期的に放送していただくか、実際の山田風太郎さんの戦後の日記をどこかの出版社が出してくれると有難いものです。それこそ司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」に対比される書物として読まれ継がれていくのではないかというところもあるわけですし、関係各位のご英断を望みたいものです。

(番組データ)

プレミアムカフェ選 山田風太郎が見た日本~未公開日記が語る戦後60年~ NHK BS プレミアム
11/8 (水) 9:00 ~ 11:01
【朗読】三國連太郎,
【スタジオゲスト】作家…五木寛之,
【スタジオキャスター】渡邊あゆみ

(番組内容)

ハイビジョン特集 山田風太郎が見た日本~未公開日記が語る戦後60年~(初回放送:2005年)作家・山田風太郎晩年の未公開日記から、戦後60年の日本社会、経済の起伏を見つめる。朗読:三國連太郎


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