テレビは「ミッチー・サッチー論争」にどう決着を付けたのか

野村沙知代さんが急に亡くなったことで、ヤフーニュースのプッシュ通知を利用している人のところには10回ぐらい連続で野村沙知代さんの訃報が届いたそうで(ヤフーニュースのシステムのバグだとその後判明しました)、その通知を受けた方の多くは一体何事だということで騒ぎになったというニュースが報じられたりした今日この頃です。

日本ではお亡くなりになった人は「仏様」となるので、どんな人の訃報であっても生前にどんな事があったのか、特に悪い事がある場合は直接書いたり出したりしない風潮があります。個人攻撃はしなくとも、彼女がマスコミに登場して名前を売った当時、テレビは何をしてきたかということを素直に報じて、自らも至らない点があれば詫びることで、今後同じような人が出現したりしても同じような醜態を晒さなくて済むと思うのですが、今回はそんな事を考えながら書いていこうと思います。

今後、多くのワイドショーが過去の出来事のほとんどを美談にして、彼女の出した曲(というか普通に喋る声をそのまま一部ラップのようにして使っているある意味希少な楽曲)「SACH A BEAUTIFUL LADY」を流しながら紹介するだろうことも考えられますが、テレビというのはその実体がないということで、過去にさかのぼってまで、自己批判をするところまではさすがにできないかも知れません。まずは、改めてこの騒動について紹介しながらテレビによって作られた野村沙知代という人物についても調べてみることにしました。

まず、彼女の経歴について紹介していこうと思います。1932年(昭和7年)生まれということで、東京で育ちながらも戦争の影響で生まれ故郷の福島県白河市に疎開し、地元のミスコンで優勝したことをきっかけに東京へと戻りました。そこでの生活というのは自分の美しさというものを武器にして何とかしてビッグになろうとした野心の塊ではなかったかと、その後の人生をあくまで報道による内容だけでみても類推できますし、実際、必死になって浮上するチャンスを狙っていたのではないかと考えることができます。

後に「経歴詐称だ」と言われた件についても、何とかして自分を大きく見せようとする世渡りの方法の一つとして言っていたものが、いつの間にか独り歩きして固まってしまったものかも知れません。ただし、そうして作った「経歴」が後の人生の足かせともなり、それが元でテレビを通じてバッシングを受けることになるとは、当時の彼女にとっては想像もできないことだったでしょう。

彼女は結婚し、二人の息子を持った後で大きなチャンスに恵まれます。それが当時プロ野球パ・リーグの南海ホークスの選手兼監督だった野村克也氏との出会いでした。ここで書いておきたいことは、彼女はその時には野球の知識はなく、「野村克也」という名前を子供達に尋ね、有名な選手とわかるまでは全く知らなかったということです。このエピソードはご本人が生前テレビで語っていたことで、恐らくその「知らない」ということを武器にして当時奥さんがいた(もちろん彼女にも夫がいました)野村氏との関係を結ぶためにあれやこれやのアタックを仕掛けたろうというのは想像に難くありません。

いわばW不倫の略奪婚を仕掛けたということになるわけですが、男女の関係というのはいくら彼女が言い寄ったとしても野村氏の方が拒否すれば成り立つことはありません。しかし野村氏は彼気を受け入れたことで、誕生したのが「野村沙知代」という存在であったと言えるでしょう。後で南海ホークスの選手たちが反旗を翻し、野村氏が南海ホークスを追われる原因ともなった彼女のプロ野球の現場への介入というのは、それまで野球の事など全く知らない人間が何をとも言われる事になるのですが、縁を結んだ人との関係を利用して自分の事を大きく見せることというのが、彼女が東京に出てきてからの人生の目標であったとしたなら、ある意味当然の流れであるのかなと思える部分もあります。

あの三冠王でプロ野球を代表する選手であり監督である野村克也氏を意のままに操ることで周りの反応とそれに伴う彼女への対応も変わるところを感じたことが彼女自身の成功体験になり、その後の人生における行動様式(それが後にバッシングを受ける原因にもなっていくわけですが)が形作られていったように思います。

その後、今回紹介する「ミッチー・サッチー論争」に繋がるタレントとしての肩書を持つくらいにテレビに進出していくわけですが、そのきっかけは、野村克也氏との間に生まれた息子・野村克則氏(現在時代の登録名は「カツノリ」)さんのプロ野球入団が関わってきていると思います。先述の通り夫の監督する南海ホークスでは人事や戦術に口を出し、息子をプロ野球のドラフトにかかるだけの実力(当時入団したヤクルトの監督が野村克也さんでした)だったこともあり、どのように夫や息子に教育をほどこしたのか、世間の注目を集めたことで、彼女の夫に対する物言いや教育論についての考えに注目が集まったこともあったのでしょう。

フジテレビ「笑っていいとも!」のレギュラーからTBS「快傑熟女!心配ご無用」と、それまでの人生経験を基に視聴者の悩み相談に答え、気に入らない事があればそれをそのまま口に出してしまうところは過去に南海ホークスの選手や会社から非難された時と同じような感じもしますが、これは本当に何にでも使われる便利な言葉ですが「歯に衣着せぬ物言いが素晴しい」としてさらにテレビに進出するようになります。

ただ、このような人物がテレビに出始めるにあたって、注意しなければならなかった点があることを、この騒動に至る内容を時系列で見て行くと良くわかってきます。まず、自分をちやほやしてくれる人におもねって、逆に苦言を呈してくれる人や好意で芸能界のしきたりを教えてくれる人をないがしろにしてしまったことが、そのまま後になって災いとして返ってきてしまったということ。そして、常に攻撃的で相手との妥協なり形だけでも謝罪なりをテレビに向かってしなかったことも、想定外の状況を作り出した原因だと思われます。

まず、私が一番の失敗だと思ったのが、彼女が当時の新進党から誘われるままに1996年の衆議院選挙に出てしまったことです。日本の一部をのぞく政党は、自分の党に票を入れてもらうために、テレビで目立っている「タレント的な文化人」に立候補のお願いを立てることは今も変わらず行なっています。もし野村沙知代さんが選挙に出なければ、いわゆる「経歴詐称」と言われる問題は起こりませんでした。タレントの経歴ということなら、日頃から自分の事を大きく見せようとしてホラを吹いているくらいにしか思われなかったところ、選挙自体は落選したものの、政治状況の変化によって彼女が繰上げ当選して国会議員になってしまうと可能性が出てきたことで、女優の浅香光代さんがたまたま自分のラジオ出演時に、出演が最後になるからということで彼女の実名を挙げて批判したことがこの騒動の始まりでした。ラジオでの浅香さんの発言はそこまで騒動を起こそうとしたのではなく、ご自身がストレス発散をしたくらいの認識であり、そこまで覚悟を持って告発したのではなかったのではないかと思われます。

しかしそうした「騒動」を目を皿のようにして探し回っているのもまたテレビなのです。すぐさま浅香さんの元にワイドショーが取材に訪れ、視聴率を上げるために野村沙知代さんに関するバッシングをする先鋒になってくれとお願いいするような形で報道されたことで引くに引けなくなり、さらに多くの芸能人がこの騒動に参加し、毎日新しい事実(基本どうでもいいような事も多かったが、そこはテレビなのでそれらしく問題提起します)および新しい人物が登場し、この騒動はエスカレートしていきました。

この騒動に入り込もうとして「私も沙知代さんにはひどい目に遭った」と訴える人や、沙知代さんと浅香さんとの仲を取り持とうとして失敗してひどい目に遭った神田川俊郎さんのような方もいて、一時期は下手な連続ドラマより面白い側面もあったことも確かですが、いつ終わるともわからない騒動に参加すること自体、後の芸能活動をそれぞれの方が行なう点においては、あまり後にいい影響は出なかったのではないかと思えます。結局のところ、世間が注目して視聴率を上げたテレビの一人勝ちとも言えるような騒動だったのではないかと今となっては思えてきます。

どんなにお金持ちでも権力があったとしても、テレビに正面切って喧嘩をふっかけてもあまり意味がないのです。2017年には首相である安倍晋三氏の夫人である安倍昭恵氏へのバッシングが週刊誌やテレビを含めたマスコミ、そしてネットでも行なわれましたが、さすがの権力者であってもそうした声をさまざまな形で圧力を掛けて黙らせることは難しく、結局のところ昭恵夫人が公の場で釈明すら出来ない程でした。ちょっと有名になり一時期に注目されたくらいでは、正面切ってテレビとの闘いを挑むには弱すぎるわけで、もし自分がテレビに出て仕事をしたいと考えるなら、常に自分はテレビでどのように視聴者に見えているのかを気に掛けるようでないと、何かの拍子に自分のプライベートの件でバッシングされてタレントの座から転げ落ち、忘れ去られてしまうのがオチです。

ただ、こうした騒動を仕掛けて時間を空けてまた同じように、今度は別の人物をターゲットにして騒動を仕掛けるテレビについて、果たして当時の騒動についてのオトシマエを付けているのかと言われると、個人的に見ると過去の問題を解決しないまま来ているように感じてならないので、この機会を使ってテレビの問題についても指摘させていただきたいと思います。

これも2017年の今起こっていることですが、大相撲で横綱の日馬富士関(後日引退を発表)が同じモンゴル出身の貴ノ岩関に暴行をして怪我をさせた事件についてワイドショーは連日報道を繰り返し、テレビのコメンテーターは加害者側の非難よりも、全くマスコミの質問に答えない貴ノ岩関や師匠である貴乃花親方について苦言を呈する向きもあります。しかし、当時の「サッチー・ミッチー騒動」を見ていた人であれば、まともにテレビ局の突き出すマイクに何を答えてもテレビは視聴率を上げるためなら自分の意志とは違う方向に状況を持っていかれる可能性もあるということはわかり切っています。私は貴乃花親方や貴ノ岩関が当時者であるのに全くテレビに向かって口を開かない裏には、こうしたテレビの小ずるさから逃れようとするあまりの行動ではないかと見ています。

口から泡を吹きながら貴乃花親方や貴ノ岩関を攻撃する人たちは、特にそれがテレビの報道に関わっている人であればあるほど、あなた方は「サッチー・ミッチー論争」から何も学んでいないのではないかと言わざるを得ませんし、今後同じような「渦中の人」が生まれたとしても、全くテレビからは身を隠し、ブログでしか発信しないような人が増える事になるかも知れません。つまり、テレビが変わらなければこうした流れも変わらないわけです。今後テレビが野村沙知代さんについて報道する中で、過去に様々な騒動を煽った責任について言及する局があるかどうかを、個人的には注目して見ることにします。


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