データを音声に変換する「ボーカロイド」を作ったYAMAHAの技術者が全面協力し、番組タイトルにあるようにAI(自工知能)の技術を使い、できるだけ自然な人間の声に近づけようとして人工的に作った、すでにこの世の人ではない「美空ひばり」の歌を再現することはできるのか? というのが番組の目的で、そのボーカロイドに歌わせるための新曲は秋元康氏が中心になってさらに新曲の詞も秋元氏が書くということで、この番組は成立しています。
さらに、NHKのスタジオで完成披露と番組のラストとして新曲を紹介した際に、動く「美空ひばり」をCGによるホログラムで再現しています。動きの参考として天童よしみさんに今回披露した新曲を歌ってもらい、その仕草をCG作成の参考にしていました。
番組は完成披露したことで終了してしまいましたが、肝心の令和初の美空ひばりの新曲というのはどんな風になっているのかと思ったら、亡くなった頃からの時間の経過とも関係あるのか、ひばりさんが生きている時には決して歌いそうもない曲調のもので、ただ詞は秋元康さんの作品らしく実にわかりやすいもので、曲の間に入った「語り」をそれらしく聞かせるためのYAMAHAの技術者の苦労というものも紹介されていました。
当然、今回新しく作られた曲は美空ひばりさんの持ち歌としてはカウントされませんし、今の状況ではAIを駆使して機械で美空ひばりさんの色を再現しても、上手なものまね芸人にも劣るレベルではあります。しかし、個人的には今回のような番組が作られたことで、さらなるボーカロイドの可能性が出てきたような気もするので、生身の人間の歌とは違ったボーカロイドAIを使った「美空ひばり」という新しい音色が一般的になればという期待を感じてしまったことも確かです。
今後、ひばりプロダクションが許すかどうかわかりませんが、ボーカロイドで歌う「初音ミク」のように「美空ひばり」バージョンの音源が市販され、誰でもネット上で著作権の切れた楽曲や自作の曲を美空ひばり風に表現できるようになると、これはこれでまた面白くなるような気がします。美空ひばりさんは単なる演歌歌手ではなくポップスやジャズも器用に歌いますし、その声質はきわめて日本的と言えるということから、日本発の新しい音楽が美空ひばりさんの声質で歌われた時、改めて彼女の過去の楽曲が注目されることになるでしょうし、同時にそこから派生した新しい音楽が生まれる可能性もあります。
音楽の面白いところは、事前にきちんと今回の番組のように準備されて多くの人の手がかかったから良い作品が生まれるということではないということがあります。美空ひばりさんの代表曲の中に「リンゴ追分」がありますが、この曲は単にラジオドラマを作る過程の中でやっつけ的に作ったものに過ぎず、歌詞の内容も「リンゴの花びらが月夜の風に散った」という単純なものです。その詞と曲に美空ひばりさんが魂を込めたことにより大ヒットしたのですから不思議です。そんな化学反応が、個人で細々と音楽を作っているクリエイターが美空ひばりさんの声でボーカロイドに歌わせることで起こったとしたらそれはそれで素晴しいことです。ボーカロイドの性能も今後より進化していくでしょうし、新しい技術を人の手が妨げることのないように、少なくともこの番組に関わった方は考えていただけると幸いです。
(番組データ)
2019/09/29 21:00 ~ 2019/09/29 21:50 (50分)NHK総合
NHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」
【出演】秋元康,天童よしみ,森英恵,
【語り】三浦大知
(番組内容)
昭和の歌姫・美空ひばりが“復活”。秋元康プロデュースの新曲をAIひばりが熱唱する。人工知能は人々の心を揺さぶる感動を生むのか?今夜、歌謡史の新たな扉が開く。
美空ひばりさんがこの世を去って30年。NHKやレコード会社に残る音源や映像をもとに、人工知能・AIでひばりを現代によみがえらせるプロジェクト。国内最高レベルの技術者がAIを開発。新曲の作詞は秋元康、衣装デザインは森英恵、振り付けは天童よしみという強力布陣。令和の時代に現れる“AIひばり”が歌うのは、これまでにない曲調の新曲。歌声や表現力はどこまで再現できるのか。あなたの目と耳で確かめてください。