「この人が悪い」という結論ありきのテレビ報道は考え直すべき

先日民放のゴールデンタイムから放送されたフジテレビのドキュメンタリーと歩調を合わせたのではないと思いますが、事件としてはよりテレビのワイドショーで報道され、テレビを見ている人たちに「悪女」としてのイメージを植え付けていったテレビの存在を考えさせられる「和歌山カレー事件」で死刑判決を受けた女性の息子さんに密着取材したドキュメンタリーをNHKが放送していたので、事件の違いをはじめ民放とNHKの違いを感じながら見てみました。

この番組はシリーズの中の一本で、別の日には別の事件について事件の周辺にいる人の「涙」を追うような形を取っていますので、フジのドキュメンタリーのように作り込んだものではなく、簡単な現状の説明に終始せざるを得ない感じで、番組もコマーシャルがないとは言え、25分と短いので、改めての復習が必要な題材ではないかと思います。

この「和歌山カレー事件」というのは、北九州の身内殺人が弁護士が精神鑑定を要求して正常な判断ができなかった事を証明しない限り、犯罪によって罪を受けるのは仕方のない明らかな事件であるのに対し、本人の自白がないまま状況証拠のみで死刑判決が出ました。ですから、母親が本当に犯行に及んだのか、刑が確定した現在であってもはっきりとはわからない中で社会生活をし、父母の世話なども行なっているこの息子さんは、他に3人いたお子さんが両親との縁を切って出て行ったのとは違い、様々な困難に突き当たってしまうのです。

長年付き合ってきた彼女の両親に自分の両親の事を打ち明けたところ、娘と結婚するなら自分の両親との関係を絶ってくれと迫られたのですが、彼はそこで自分の両親を切ることができなかったので、彼女との結婚はできなくなりました。もっとも、結婚した後で近所の人にその事がわかってしまったとしたら、実際に事件とは関係のない彼女にも世間の注目が向けられることになり、週刊誌やテレビに狙われたり執拗ないじめに子供があったりする可能性があることも考えると、無理からぬことだと思える部分もあります。だからこそ、特にテレビはあの「和歌山カレー事件」で何を伝えてきたのか、今こそ真剣に考えなければならないと思われます。

今回の番組でも自宅の前にカメラやマイクを持って押しかけたテレビ局の大勢の人間を前にして、ホースで水を撒き散らす母親の表情をカメラがとらえたものをそのまま放送していました。多くの人がふてぶてしい表情でひどいことをする悪女であるという印象を持つには十分の「資料映像」で、このVTRの後でテレビコメンテーターやワイドショーの司会者などは、推定無罪の考え方などないかのごとく、ただこの夫婦のひどい犯罪歴をあげつらえ、この事件の犯人に間違いないという流れで放送していました。

確かに、この夫婦は自分の体を犠牲にすることによってわざと「事故」というものを捻出し、保険会社からの保険金でいい生活をしているということはあったでしょう。「和歌山カレー事件」の動かぬ証拠となった自宅で発見された「ヒ素」についても、ヒ素の入った食事を食べても保険が下りるということから、健康に影響が出ないくらいで症状が出るくらいのヒ素の量について研究していたことが疑われ、この事についてはしっかり裁かれるべきだと私も思います。

しかし、ご近所との仲がおかしくなった場合、引っ越すという手段も考えられる中、単なるいやがらせならそこまで研究していた体調をひどくするにしても致死量までのヒ素を与えないで食べた人の体調をおかしくしてうさ晴らしするというオトシマエの付け方というのも十分あったわけで、自分が行なっていたデータをそのまま生かすには、殺してしまっては意味がないということも十分考えられます。

現実的には日本の裁判所が人の人生を左右する死刑判決を出しているのですからそれなりの合理性は十分あったとは思いますが、母親が逮捕されるまでのテレビのワイドショーではこのような考察を前面に出したことはないと思います。単に名前の後に「容疑者」という言葉を付ければ何を報道してもいいのではなく、常に「やっているとは思うけど万が一やっていなかったらどうなるのか?」という緊張感の中でテレビ報道を行なっていくようでないと、この事件で死刑が執行された後で真犯人だと告白してくる人が表われたらどうするのかという問題が出てきます。

番組ではそこまでの強い想いを息子さんに告白させることはありませんでしたが、番組の題名のように「事件の涙」が本当に息子さんから流れることのないように、テレビの事件報道については当事者だけでなく周辺の人達の運命も変えてしまうことを考えながら慎重にやっていくべきだということは確かでしょう。特に今では自分が何者であるかもわからずに自分の裁判のやり直しを待っている「袴田事件」の袴田巌さんの様子を見るにつけ、その想いが強くなります。

(番組データ)

事件の涙 HumanCrossroads死刑囚の母 息子の選択 毒物カレー事件 NHK総合
12/26 (火) 22:50 ~ 23:15 (25分)
【語り】ミムラ(女優)

(番組内容)

1998年、和歌山市で夏祭りのカレーにヒ素が入れられ、4人が死亡した「毒物カレー事件」。林眞須美死刑囚はいまも一貫して無実を訴え続けている。事件後「カエルの子はカエル」となじられ、人生が一変した息子の孝一さん(仮名・30歳)は、拘置所にいる母と手紙のやりとりを続けながら葛藤の日々を送る。親子の関係を断ち切り、別の道を歩むべきか。それとも、現実を背負って生きるのか。息子の選択を見つめる。


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